1個3000円のドーナツ

息子がもって帰った算数のテスト。
表は100点満点の100点で、かんぺき。very very goodって、書いてもらってる。
角度の問題も、要求されてないのに補助線もひいて、式も書いてる。
へえ、すばらしいね、ケアレスミスもないし、

と思ってふと裏返すと、裏もあって、これは50点満点の40点。
何を間違ったかというと、

ケーキのねだんは、ドーナツのねだんの5倍で、600円です。ドーナツのねだんは、何円ですか。
式 600×5=3000  答え 3000円

ああ。
これは算数の問題ではなくて、常識の問題の気がする。
あのさ、1個3000円のドーナツって、どんなの? 
ドーナツが3000円って、適正価格だと思う? 高すぎるな、おかしいなって思わなかった? 

すると息子は言った。
「だって、もしインフレになったら、ドーナツが3000円になることもあるかもしれないじゃないか」

インフレ……。もしかして、じゃがいも買うのに札束が必要だったというような、世界恐慌のときのドイツの超インフレの話とか、頭をよぎったか。
それはそれで、すごい答えだが。
もちろん、インフレはまたあるかもしれないよ、あるかもしれないけど、でもこの算数の問題のどこにも、インフレって書いてないよ。
「あっ」

もしも、ドーナツ1個が、特別大きい椅子みたいなのでなくて、ドーナツ屋さんのドーナツみたいなふつうの小さいドーナツが、1個3000円するインフレの世の中になったら、もちろんドーナツなんて食べれないし、ドーナツどころか、何にも買えなくて、食べられなくて、私たちは死んでしまうと思います。

それから私は考えた。これはきっと、息子が自分で買い物をすることがないという、経験不足がたたっているのかもしれない。
買い物に一緒に行っても、パパの車で出かけてパパのカードを使うので、日頃、現金を彼は見ないのだ。
母親の財布のなかのさびしさを、買い物の度にのぞき見しながら不安になり、お菓子とかケーキとかそんな贅沢は敵です、という思想を形成してきた私とは、育ちが違うんだな。
目の前に出てきたドーナツをぼくは食べるのであり、けちんぼのママは買ってくれなくても、パパやおじいちゃんは買ってくれるのであり、それが1個120円だろうと、3000円だろうと、ぼくには同じことなのである。

提案。
今度のデートのとき、ドーナツ食べよう。それできみが払うんだよ。
1個3000円じゃなくて120円くらいの適正価格と思うけど、それを1個ずつ食べようよ。
すると「ぼく3個食べたい」と言う。
いいよ。では1個120円で3個では何円になりますか。
すると、沈黙。長い沈黙。
しばらくして「390円」って。
うそ、暗算ができませんか。

「紙に書けばわかるんだけど」って、思わぬ弱点発見。
もう一度暗算ののち、やっと正解。360円、って。
じゃあ、ママは2個食べます。いくら要りますか。
しばらく考えて(長い)、正解。240円。

じゃあ、全部でいくらですか。
また長く考えて「500円」って。

ああっ。
それじゃあ、ドーナツ食べれないよ。
って言ったら、ショックだったらしい(暗算ができないことが? ドーナツ食べれないことが?)、外に飛び出して行ってしまった。
ところが、
外から文句ありげに、ドアをガタガタゆらして鳴らすもんだから、
たてつけの悪いのをこないだ苦労して修理したパパが、その音に怒って、ドアに鍵かけてしまった。

あらあ。泣き面に蜂だね。

ドアをあけてやると、泣きぬれた顔の息子が抱きついてくる。
かんしゃく起こすと、どうなるんだっけ。
「友だちをなくす」
うそをつくと、どうなるんだっけ。
「自分をなくす」
よくおぼえてるね。えらいえらい。

120円のドーナツを5個買うにはいくらもっていけばいいんでしょうか。
「600円」
よくできました。
「ぼく3つだからね」
いいよ。もちろん。