星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

先生の自殺

 今、ネットでニュースを見た。涙がとまらない。愛媛の高校の校長が自殺。何げなく読みはじめて、息がとまった。まちがいない。私の、高校一年の時の担任だ。政岡博先生。国語(現代文)の担当で、私は先生の授業を大好きだった。芥川龍之介の「花火」(というタイトルだったと思う。ピエール・ロチの話)の授業のとき、「ヴィ」という言葉、たぶん「生」という意味だったけど、その「ヴィ」という言葉を先生が言うのを聞いたとき、いのちのはかなさと輝きが、なんだか胸に迫ってきて、泣いてしまいそうになったことを私は今も覚えている。毎月読書感想文を書かされて、本を読むことの楽しさを、私はこの先生に教わった。遠足の帰りに、近くだから寄っていけと、家にあげてくれたことがあった。奥さんとまだ赤ちゃんの男の子がいた。私の記憶のなかにあるのは、あのときのまだ30代だった頃の先生だ。立替前の古い床のきしむ教室に射していた日の光。楽しいクラスだったから、2年になるとき先生が転勤したけれど、その夏に、去年のクラスの生徒みんなで、転勤した先生も呼んで、瀬戸内海の島で合宿をした。駅で「じゃあの」と私たちと別れた。あれが先生を見た最後だ。私はまだ、先生の声も覚えている。転勤したときの葉書に「きみの独特の言葉遣いが見れなくなってすこし残念です」というようなことを書いてくれていた。私は、先生の授業が受けられなくなることが、とてもさびしかった。
 卒業したあとも、ときどき年賀状など出すと返事がきた。先生の卒論は源実朝の「金槐和歌集」だと聞いた覚えがあるけれど、私が短歌で賞をとったときは読んでくれて、ほめてくれたのが嬉しかった。私が東京にいたとき、先生も1年だけだったろうか東京にいて、1度電話で話したとき、現場がいい、教える現場に戻りたいと言っていた。それから私が何度か慌しい引越しを繰り返しているうちに、音信普通になって、その後のことは知らずにいた。ああ、校長先生になっていたんだ。
 先生、なんで、どうして! 死んだらいけんやろう。いけんやろう。
 
毎日新聞ニュース]
 愛媛県新居浜市の県立新居浜西高校の政岡博校長(60)が6日、同県松前町内の自宅で首をつって死んでいるのが見つかった。同校は「履修漏れはないが、校長はその関連の問題で悩んでいたようだ」としている。県警伊予署は自殺とみて調べている。
 同県ではこの日までに公立高校20校、私立校7校で、社会科などの履修漏れが明らかになっている。新居浜西高は含まれておらず、県教委高校教育課は「(政岡校長とは)履修漏れについては問題のないという話をしたばかりだった」としている。