星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

診断名について

ときどき読んでいる児童精神科医さんのブログ。

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診断名を知ること、あるいは告げることについては、いろいろと考える。

私が子どものころは、発達障害とかアスペルガーなどという言葉は流通していないので、変わった子、とは言われたけれど、それも個性として、受けとめられてきたと思う。(個性という言葉は肯定的に使われていたので、自己肯定感を強められはしても損なわれることはなかったと思う)自分が他の人と同じようになれない、ことは小さい頃からなんとなくわかっていて、またなりたいとも、思わなかった。

ちびさんは、変わった子だけど、診断されたということによって、それが個性ではなく、障害としてしか受けとめられないとしたら、それはとてもつまらないことのような気がする。
個性、という言葉におさめて無理がなければ、個性、ということで十分だと思う。

けれどもいつか、人間関係とか世間とのやりとりとかのわけわからなさに、発狂しそうになるときがくる。そのときに、個性なんて言葉は役にたたない。
もっと早くに、発達障害アスペルガーの知識があれば、私は、どれほどの無駄な苦しみを回避できただろう、と思う。

自分についてはいまさら診断名などどうでもいいし、ちびさんの医者さんにアスペルガー関連の本を紹介してもらって、読んで気が晴れたからいいんだが(まあそういうことならしょうがない、と世間や自分と和解してやってもよいと思ったのである)。

問題はちびさんだ。
カルテにどう書かれているかは知らないが、私たちが聞いたのは「アスペルガー症候群疑い」という微妙な診断名だ。たぶん発達障害児の医療費補助の申請をするとしたら(するけど)、またはっきりわかるんだろうが、彼にとってメリットのあるような告知、をどう見極めていけるか、という判断は、とりあえず、親の自分たちにかかってくるのであるなあと、思ったことだった。
これは、難しいよ。

それでまあ、なんとなく先延ばししたい気持ちもあるんだろうな。就学相談の申込の電話まだしてない。電話するのが嫌い、というのもあるんだけど。(必要な電話ができないでいると、最近はパパが電話番号を押して、私に受話器を渡してくれるわ)。
でもそろそろ、時間もなくなりつつあるなあ、と気づいた11月の終わり。