星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

パアララン・パンタオ2013年8月⑦

☆ピクチャーブック

秋田の学生たち、子どもたちにパンとジュースをもってきてくれていたので、午前中の子どもたちも帰らずに待っていた。
パンとジュースもらって子どもたち帰ったあと、お昼ご飯。テリーさんが、チキンアドボとチョプスイをつくってくれていた。

午後のクラスは彼らが担当してくれる。 Cimg3819


彼らの英語をタガログ語にして伝えるのは、ジンが担当してくれて、いや、大活躍だった。
「大きなかぶ」の劇は、おじいさんとおばあさんと孫娘と犬と猫とねずみ、で終わるところを、ジンが、ねずみが手伝っても抜けない、ほかにどんな動物に助けてもらう? と、子どもたちにふったものだから、ねずみのあとに、馬とかタイガーとかつづいて、先生とか子どもたちとかつぎつぎ並んで、どのあたりでかぶは抜けたんだっけ? Cimg3833

それから小さいグループで絵本を楽しんで、それからもってきてくれた玩具で遊ぶ。けん玉や輪投げ、折り紙、紙風船にゴム風船。
女の子たち浴衣着て、突然の夏祭り出現。紙風船のバレーボールだかサッカーだか。大騒ぎ、大喜び、わけわかんない。

大騒ぎのなか、フィリピンの大学出てマニラで就職した太田(伸)君が来てくれる。彼はタガログ語もできるので、レティ先生とおしゃべりできれば、またいろんな話も出てくるなあと思って待っていたんだけど、レティ先Cimg3863
生の具合が悪いので、無理しないことにする。

「お金がないことは確認しました」って言ったら、
「ああ、いつものことですね」って、またさりげなく。

去年にひきつづいて今年も、新学期がはじまる前に、太田君とフィリピンの大学生高校生たちが、文房具をもって(たくさん集めてくれたらしい)訪問してくれた。

太田君からきいたフィリピンの教育カリキュラムの話。
小学校からハイスクールまで、国際基準は12年学ぶ。ハイスクールを卒業した年に18歳。だが、フィリピンは小学校6年ハイスクール4年の10年で、国際基準より2年少ない。それを国際基準にしようという方向らしい。小学校を7年にしてハイスクールを5年にする。
それから、母語カリキュラムを取り入れる。いま、小学校の段階から、数学などは英語で授業を行っているが、すると、母語タガログ語でない地方の子どもは、母語のほかにタガログ語、英語というふたつの言語を理解しなければならず、負担が大きいので、小学校3年まではすべての教科を母語で学習する、という方向にすすめたいらしい。
大変革ですね。実現までには、まだ時間はかかるのだろうけど。

最後に、レアと少年たちが踊る。本番は、すこし恥ずかしそうですね。それから子どもたちみんなで歌を歌ったのがすてきだった。みんなパンとジュースをもらって帰る。Cimg3890



それから、ジンを囲んで質問会。みんな英語でやりとりしている。えらいなあ。
ときどき太田君が通訳している。
「なぜ、レティ先生は学校をつづけているのですか、ほかの場所で生きることをえらばずに、ここで子どもたちの面倒を見ているのですか、」
という質問に、
「それは、ここの子どもたちへの愛です。大きな愛です。」
とジンは、答えたけれど、

あとで、
あのとき、あのポギ(かっこいい男の子)が、そういう質問したでしょう? それで私は、大きな愛って答えたんだけど、それで学校をつづけるためにお金がいる、って言おうかと思ったんだけど、ダイレクトに言ってもねえ、って思ったので言わなかった。
って、ジンは言っていた。いいよいいよ、学生たちお金ないし。
日本で私がかわりに言うよ。ダイレクトに。お金くださいって。

パアラランのTシャツは好評で、学生たちも買ってくれた。ジンの言った値段に、+αの値段でお願いって私はいったんだけど、そしたら、+αで買ってくれたんだけど、あとでレティ先生にお金渡すときに、お金が多いので、詐欺したのか、みたいな目で見られましたが、そんな悪いことしてないよ。ほんの寄付。

私がいないときに行った人は、すこし安く買えます。パアラランTシャツ。

にぎやかな一日だった。もらった絵本は、絵だけを見せるのでないものは、すべて英訳してある。相当数タガログ語訳もしてある。
たくさんの絵本をありがとう。