星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

パアララン・パンタオ 2014年10月 ①

10月26日日曜日。福岡からのフライト。

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マニラ上空、雲の上はきれいな夕焼けだった。
すこし遅れて6時半頃到着。ジュリアン(パアラランの最初の奨学生)とレティ先生が迎えに来てくれていた。ずいぶん待ったと思う。
それから、レティ先生の息子のジェイと妻のカティと、レストランで合流してごはん。余ったおかずはビニール袋にいれてお持ち帰り。

レティ先生、会う度にやせていく気がする。皮膚が免疫疾患なのか蚊に刺されたあとがなおらなくて、ところどころただれた感じになっていて、とてもいたいたしい。薬がすぐなくなるのに、高くて300ペソするって。
健康のことは、みんなとても心配している。
「ママ・レティは年とってやせたけど、口は元気だよ、声も大きいし」とジェイ。
「パアララン・パンタオ物語」の本を見せると、書くのにどれくらいかかった、ってジェイが訊く。
「20年」って答えたら、大笑いでたくさん感謝してくれましたけど、でも何書かれてるか、わかんないよね?

ふたりと別れて今度はレストランで働いているグレースを迎えに行く。レストランの前で待つこと30分。10時過ぎまで働いている。
11時頃、パヤタス校にたどり着く。ベイビー先生が来ていて、留守番していた。

プライベートルーム(グレースの部屋)にいつも泊まる。そこの天井の扇風機はおそろしい音がする。夜中に何度も目がさめる。グレースはこんななかでよく寝れるなあ。
午前4時、今度はゴミのトラックの音で目がさめる。
ああ。パヤタスの音だ。

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10月27日月曜日。
音に負けずに寝ていたが、7時半、ちょうどクラスがはじまる頃、
レティ先生に起こされる。
日本人留学生3人が来てくれている。

月曜なので、子どもたちは授業の前にフラッグセレモニー。
国旗を出して、国歌斉唱、宣誓の言葉、感謝の歌、それから音楽にあわせて跳んだりはねたりして、それから勉強。午前は7時半から10時まで。午後は1時から4時まで。
パヤタス校の先生は去年と同じ、マリアペレ先生とグローリィ先生。

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学生たちにお金の心配をさせてもしょうがないと思うけれど、大丈夫なふりもできないので、ここに来る学生たちは宿命的に、学校の運営難の話を聞くことになる。
先生の給料は5000ペソ〜7000ペソ。相変わらずの薄給に胸が痛む。
それから、今年の7月の台風で、エラプ校のキッチンの屋根が壊れたらしい。
修理に20万ペソかかるという見積もり。
2万ペソじゃなくて20万ペソなのね? 50万円ほど。
「でもお金がないから、あとまわし。すこしずつ、なおすよ」とレティ先生。
それから、学校の昔の話とか、今度12月20日のクリスマス・パーティの話とか。

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学生たちを送っていく途中の道で、カンデラリアのお母さんに会う。ああ、何年ぶりかしら。たぷん4年ぶりぐらい。小さい孫娘を連れている。バンジーの娘? ってきいたら(前に会ったときバンジーの赤ちゃんを抱いていた)、「いいや、これはシェリーの娘。バンジーはもうふたりも子どもがいるよ」って言う。
はじめて会った20年前、バンジーはパアラランのデイケアの生徒だった。クリスマス・パーティのときにダンボールに綿を貼ってつくった天使の羽をしょっていた。
カンデラリア家には7人か8人子どもがいて、みんなとっても仲がよかった。下のふたり、女の子と男の子が、同じ年に相次いで病気で亡くなったことがあった。

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そのカンデラリアのお母さんと、夕方また、今度は学校のすぐ近くで会った。
以前は、ゴミ山のすぐ麓に家があったのだが、去年、学校のほんの隣に引っ越してきたらしい。家のなかで孫たちが遊んでいる。全部で6人の孫がいる。
「この前は、あなたスカペンジャーの恰好であらわれたよ」とお母さんが笑う。
そういえば4年前久しぶりに会ったときは、私はちょうど、ダンプサイトにのぼろうとして、でも昔のように勝手にはいってはいけないので、スカペンジャーのふりをして、頭からシャツをかぶって、目だけを出して、汚れた格好で歩いていたのだった。
それで、声をかけたけど、気づいてくれない。
顔を出したら、ようやくわかって、なんだかおかしくて笑ったけど、そのときのことを、またふたりして思い出して笑った。

お昼前、グレースはお仕事にゆく。
ジンジンとテリーさんが来る。テリーさんは家事をしてくれる。ジンジンは、公立学校の教師の仕事はやめて、いまはカビテの自宅とパアラランを行ったり来たりしながら、レティ先生をサポートしている。

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マリアペレ先生は、レイテの出身。カレッジの1年までレイテにいた。去年の台風、親戚や友人は大丈夫だった? って訊いたら、
「何人ものクラスメイトが行方がわからない」って言った。
ペレは18歳でパヤタスに来て、もう12年になるのか。4人の子のお母さんになった。
末っ子のアヤちゃんは3歳。

お昼ごはんは、ペレ先生がアドボをつくる。
「パアララン・パンタオ物語」の本は、写真がたくさんなので、みんなでのぞきこんで、あれこれとおしゃべりがはじまる。この子はバンジーだよ、この子だれだっけ、これはゴミ山が崩れたときのだね、とか、まあそんな感じ。
喜んでくれてうれしいです。

ゴミ山が崩れた2000年の事故の前まで、パアラランの先生をしていたエデンは、2年前にガンで亡くなった。
「ほら、エデンは、ブラックラクを踊ったんだよ」とレティ先生が言う。
事故のあと、避難センターで退屈していた子どもたちと、花(ブラックラク)が閉じたり開いたりするという歌を歌ったり踊ったりして遊んだのだが、子どもたちのいないところで、女の先生たち、股を閉じたり開いたりして踊って、大いにふざけていたのだ。
エデンが踊ったんだよ、ってレティ先生は言うが、レティ先生も踊ったよ。

「服を着ずに踊ったら、カズミ、もうひとり子どもができるよ」
って、もう無理だよ。

……という、お昼休みのおしゃべり。