パアララン・パンタオ2014年10月 ⑥

10月31日金曜日。
ハロウィン。それから万聖節前日。クラスもないのでのんびりしている。 
ゴミのトラックだけは、朝4時から夜10時過ぎどうかすると11時まで、休みなくくる。

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留学生たちがやってくる。月曜とはまた別の3人。ひとりはコリアンの女の子。
パアラランの歴史と現在の状況について、ざっと話する。 
それで学生たち、大学内に、パアララン・パンタオと交流支援するクラブをつくりたい、と考えているって言う。  顧問の先生もいるちゃんとしたクラブだって。
それはとてもすてきな話だ。 

昔、学生たちはこっそりやってきた。マニラにいる日本人の大人から、パヤタスなんてそんなあぶないところに行ってはいけない、と心配され、日本の大学関係者からも心配されて、語学研修でマニラに来るときも、いや、パヤタスには行かないから、と言ってこっそり来てる、とか。 
それがいつのまにか教官引率で来るようになり、現地の大学にクラブまでつくるっていう。  聞くと、フィリピンに留学する学生たちの、ボランティアへの意識は高くて、クラスのない日はいろんなNGOで活動している。 

ひとりの学生は2年前に一度来たことがあって、そのとき、ジープに乗ってダンプサイトにものぼった。(外国人の立ち入りは禁止だが、あらかじめ申請しておくと、ジープにのせてビューポイントまで連れていってくれる。)山の上から、この学校の屋根を見たとき、希望を感じた、という。 

20年前、私も同じことを思った。  場所もたぶん同じだ。今は山の上だけど、そのころは平地で、ちょうどいまビューポイントになってるようなところを歩きながら、パアラランは、この学校は希望だと思った。 
「希望」という言葉に、ふいに生々しく、心が触れた感じだった。
そしてたぶん、私は希望がほしかった。
希望。パガサ、っていうのだ。 

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昔、お金がなくて先生が雇えなかったときに、留学生が授業をしてくれたこともあった。近くにいて足を運んでくれる若い人たちがいるというのは、それだけで、とても心強い。楽しんで関わってくれるといいと思う。
学生たちはクリスマス・パーティで踊るよ、とレティ先生には言っといた。 

去年と一昨年、留学していた学生たち、帰国後の大学祭で、パアラランのTシャツとかリサイクルバッグとか売って、売上を寄付してくれましたが、  思えば20年前から、パアラランがとてもしんどいとき、どこからともなく、若い人たちが湧いてきて、助けてくれるのが、本当に不思議だ。
よろしくお願いします。

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夜、教室でラリーさんは靴の修繕をしている。それをグローリィ(ベイビー先生の孫娘)が眺めている。ジュリアンがやってきて、「アテ・カズミ、明日は朝5時半に出るからね」って言う。 
帰国前夜なのだ。 

ラリーさんとジュリアンと教室で飲む。テレビのニュースは、万聖節前夜の街の様子を伝えている。車の渋滞。人でごった返すターミナル。 
「明日はオールセイントデイだから、今ごろカイルが帰ってきてるよ」ってジュリアンが言う。見えないカイルを抱っこして、ふたりで交代で頭をなでてやる。 
カイルが亡くなる8か月前に生まれた妹のサヴィエンヌは1歳4か月になった。カイルは寝たきりの静かな子だったが、妹のほうは、よく喋るし、動くし、全然じっとしてない。やんちゃな女の子だっていう。 

「本を書いてくれてありがとう」って言う。
「あの写真のころ、パアラランの仕事をしながら大学に通っていた頃のことは、よく覚えている。大学に行くことができるなんて、ぼくはなんてラッキーボーイなんだろうって思っていた。ぼくはいまもとても幸せだ。カイルは亡くなったけど、ぼくは息子と娘をもつことができたし、とても感謝してる。ありがとう」  って言う。
あー、奨学金を出すことを決めたのはレティ先生だし、寄付してくれたのはスポンサーさんたちだし、私何もしてないですけどね、
「ありがとうは私も言いたいのよ。おかげで私はフィリピンに家族ができた。レティ先生に健康で長生きしてほしいって祈ってる。」 
「ぼくもだ。ほんとうに、ほんとうに大切な人だよ」

ジンジンの息子のアチバルがやってくる。プレゼントがあるよっていう。 
毛糸の帽子をくれる。私のと夫のと息子の分。 
なんか笑ってしまった。雨の日にエラプ校に行ったとき、ベイビー先生がかぶっていて、私がそれをふざけてかぶって、日本はこれから寒いから、こういうのをかぶるよ、って言ったんだけど、それでアチバルに連絡が行って、仕事帰りにマーケットに行って、お土産に買ってこいって話になったんだ、きっと。 
ハズバンドに土産は買ったかって、レティ先生にきかれました、そういえば。買ってない、っていうか、もうお金ないし。
ありがとう。 

テリーさんは、教室にゴザをしいて、その上でシーツにくるまって寝る。 
ラリーさんは、教室の机を並べてベッドにして、子どもらのノートを重ねて枕にして寝る。
アチバルと交代で自宅に帰っていったジンジンは、数日、教室にゴザを敷いて、薄いマットレス敷いて、テント型の蚊帳を張って寝ていた。 
アチバルはダンボールを敷いて寝床をつくっていた。それぞれ自由なスタイルだ。 

夜、ふと台所に出ると、アチバルがまだ起きていて、テーブルにバナナの葉にのせたライスケーキがある。マジョリーの娘のジェシカがもってきてくれたらしい。ジェシカ、もう二十歳ぐらいになるのかな。会いたかったな。 
明日の万聖節のお祝いのケーキ。 アチバルとふたりでこっそり食べる。甘くてお餅っぽい。

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夜10時過ぎても、ゴミのトラックも通るし、表の道で、少年たちがバスケットしている音もしている。 

深夜に帰ってきたグレースは、レティ先生に言われて経理のレポートのミスを直し、朝5時に起こされて、それからプリンター動かして書類を印刷している。この2日ほど、書類仕上げるのに、グレースは強烈に寝不足ではないだろうか。 
レティ先生は、スポンサーさんへのお礼の手紙を書き(これまで何通も書いてもらっていたが、レティ先生の負担も大きいので、1通だけ書いてもらって、翻訳コピーすることにした)、
私は書類の類をリュックに入れて、 
テリーさんがパンをあっためてくれて、それを食べて、ばたばたと準備する。

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ジュリアンとラリーさんとアチバルが、空港に送ってくれる。 
このあと、みんなは、万聖節の料理をもってお墓に行くのだろう。
ありがとう。カイルに、よろしくね。