星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

合唱祭

自分が中学生だったり高校生だったりしたとき、学校行事など、何ひとつ楽しいと思ったことはないのに、息子の学校行事は、それなりに楽しんでいる。
昨日は合唱祭。

息子は、楽しそうにしていた。休憩時間にまわりの子どもたちと談笑している様子も、微笑ましいし、舞台で歌っているときの表情もおだやかだった。
小学校のときの合唱や合奏で、みんなのなかにいるとき、彼は実に不機嫌そうな顔をしていた。まじめに演奏したり歌ったりしない、まわりの男子たちへの苛立ち、と狂った音への苛立ち、なのだが、不信と警戒心とをありありと湛えて、ほんとにきつくて、険しい表情をしていたのが、嘘のようだ。

1年から3年までの縦割りで、1組、2組……とそれぞれ90人ぐらいで歌った。
練習のとき、1年の自分のクラスのテノールの伴奏をしていたらしい。それで言うには「パートリーダーは耳がよくない。だからぼくが注意していた。そこ、もっと音を伸ばして、とか英語の発音が違う、とか」。それをクラスメートが、少しは文句も言いながらも、聞き入れてくれたので、うれしかったみたいだ。ストレスがたまらなかったんだな。

思えば幼稚園のときは、絶対に歌わない子どもだった。まわりの子どもらが声をはりあげて歌うなかにいられなくて、耳をふさぐか逃げ出すかしていたが、なんとか我慢してその場にいられるようになったのが、年長さんのころ。聴覚過敏がわかったのが、この頃。
「明日歌わないとぶっ殺す」と隣の席の子に言われて、泣いたのが年長さんの終わり頃。殺されたくないので、翌日から口パクをはじめて、卒園式は口パクだった。
口パクをしているうちに、ふと歌えるようになったのが小学校の1年のとき。
でも、音楽会の合唱のときは、ほんとに不機嫌な顔をしていた。
学年があがるにつれて表情が険しくなっていって、見ているこちらが傷つきそうなほどだった。息子たちの学年は、まあ、ひどかったんだけれど。

そういうことを、つらつら思い出したけど、思うに問題なのは、息子の聴覚過敏ではなく、聴覚過敏の子に苦しい思いをさせる、知性のない歌声、のほうだと思う。
ようやく人間らしい、まあまあきれいな歌声のなか、息子の穏やかな表情に、ほんとに安堵した。

よかったよ。曲は「Let the river run」。