星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

待たなければいけないこと

待たなければいけないことがある。

月曜日、学校。三者面談。後期前半の成績表など見せられる。
それなりに課題はあるにしても、努力して何とかなることと、何ともならないことと、あるよなあ、というようなことを考えましたら、上出来ですね。

数学のケアレスミスがひどいけど、そこらへんの注意深さを、いま求めても無理でしょう、という先生の見解。あと1年ぐらいのちに、対応のカリキュラムを考えてくれるって。

体育と技術家庭は、運動音痴と不器用がたたる。これを成績あげようなんて、一晩で10センチ背を高くするのが無理な程度には、無理な話だ。
でも10年後、もしかしたら20年後には、今できないことも、できるようになっているかもしれない。バレーボールのサーブも入るようになっているかもしれないし、包丁や針も上手に使えるようになっているかもしれない。
きっとできるようになると思う。でも時間がかかることもわかっている。

広島の公立高校の受験の仕組み、内申は受験科目じゃない4教科の点数が倍になると、最近知って驚いたけど。しかも内申の比率が高い。それは天性の不器用さを抱えた発達障害の子には、かわいそうな仕組みじゃないだろうか。
中学受験して正解だったかなあと思う。楽しそうに学校に通っているので、正解なのだが。

家庭学習の時間数(自己申告)のグラフを見て、笑ってしまった。
そんなに勉強してないから。
「これ、嘘ですから。机に向かっている時間のうちの半分以上は、時刻表ながめたり、電車の本読んだり、引き込み線の見取り図書いたりですから」
ばらしてやった。こんなにサバよんで、恥ずかしくないか。

親になってできるようになった第一のことは、息子の嘘を見つけることだと思ったわ。
家で、「いま、宿題してるー」とか言うわけですけど、してないよなー、とわかるもんね。見に行くと、してないもんねー。ノートの下にもう一冊ノートがあったり、教科書の下にもう一冊本があったり、机の上を電車が走っていたり、するもんねー。
でも、家庭学習したと、申告したいから、机には向かっているわけだ。

待たなければいけないことがある。
ショパンノクターンが、最近やっとすこし、ノクターンっぽくなってきた。いままで、息子が弾くノクターンは、何か行進曲のようで、それは違うと思うのだが、何が違うのか、さっぱり伝わらない感じだったもんね。たとえばそういうことなんかも。

マフラーは30センチくらい編んでいる。息子、目を飛ばしたり、いろいろ不思議な間違いをするのだが、間違いに気づかないて次へすすむ。なぜ気づかずにいられるのか不思議なくらい。いちいち編み直すので、半分は私が編んでいる。