仮予約

「ママ、きっとあなたが先に(天井を指さして)あっちへ行くことになると思うけど、すぐに生まれ変わったりしないで、ぼくが行くまで待ってるんですよ。それでぼくが先に生まれて、そのあと生まれてくる」
と息子は言った。数日前だけど。
つまり、来世の恋人を予約しておきたいのだそうである。
……光栄なことですけど。
そうですね、仮予約ぐらいはしてもいいよ。

「罵倒観音」ちゃんの罵倒ぶりに、私は感心してもいる。好きじゃない男子に対しては、あれくらいは言えたほうがいい。私もあれくらい言えたらよかったなあと、思うんだけど、
好き嫌いがはっきりわかるっていいなあ、と思う。
アスペルガー症候群の特性として、想像力の問題があるらしい。たとえば、見えないものの把握が苦手、気持ちは見えないので(他人の気持ちも自分の気持ちも)、好き嫌いを聞かれても、よくわからない。
ずっとわからなくて、困惑しつづけたのだった。

中学1年のとき、クラスの女の子たちの話が、全然わからないことに気づいた。誰が好きとか嫌いとか、そういう話でにぎやかだったんだけど、そういう話の何が面白いのか、さっぱりわからない。話を聞いているのが面倒臭くなって、休み時間にクラスの子たちと話したりしなくなった。本を読んでいるほうが面白かったし、わかりやすかった。
掃除のときに、「✕✕君が好きって言ったら、どこに住んでる子って親にきかれて、○○の子って言ったら、あそこの子は駄目だって言われた。だからやめた。」という話を誰かしていた。○○は被差別部落の地名だった。
あのとき、心に湧いたのは、軽蔑心だった、と思う。他人のことを好き嫌いと言ってること自体に対して、それからやすやすと差別を受け入れることに対しても。

軽蔑心とともに、クラスに背を向けたので、中学生あたりの人間模様がどんなのか、私にはよくわからない。そのぶんだけ、息子の話は、新鮮でもあり面白くもある。

「ママの意見は、クラスの女子に似ている」と息子が言った。罵倒観音よりもっと毒舌なのは、クラスで一番ときどき学年で一番成績のいい女子で、弁護士と呼ばれている。いろいろと耳にするその毒舌ぶりは小気味いいが、息子はこわがっているけど。
「ミッキー最低」と弁護士は言ったらしかった。
弁護士えらいなあ。私もそういうことが二十歳の頃にわかっていたら、人生はもうすこし生きやすかった、と思う。

最低、と私も思うけど、パパと息子は意外にも、多少ミッキーに対して同情的なのだった。あんまり追いつめるな。これからたいへんなのはミッキーだよ。

仮にも、受検して集まってくる子たちなので、女子なんか学級委員が揃ってるみたいなもので、そんななかで、ミッキーみたいなふざけ方が、支持されるはずがない。
成績もふるわず、せいぜい明るくふざけて、話題を提供することで居場所を確保しようとしていたのに、今回のことでは、「失恋野郎」と息子をからかうと、人を傷つけるなよ、と男子にも言われるし、なんだか勝手がちがってしまった。
ミッキーはミッキーでモテたいんだけど、ふるまい方を間違えてしまったな。

ミッキーは、せいぜい黙って勉強するとか、方法を変えないと、あの学校では女子に軽蔑されるだけだよ。「ミッキー最低」って女子に言われて、それがなぜかわからなくて、何とかしようとして何かするたびにもっと「最低」になるって、つらいぞ。

なるほどなあ。

小学校のころの記憶があるので、これがどんなふうにいじめにつながらないとも限らないと、一応警戒して、私は記録するんだけど、
ことは子どもたちの間で、良識的におさまってゆく感じ。息子に意外に余裕がある。失恋してあきらめたから告らない、という話でいいんじゃないの、と言うのだった。