星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

2017年8月 Paaralang 2

8月1日火曜日Cimg8094

この日、パヤタス校はクラスがあったけど、エラプ校のある町は、早朝、激しい雨が降ったので、休校だった。市長からお知らせが来るらしい。
レティ先生が病院に行くので、その前に、ボーンが私たちをエラプ校まで車で連れて行ってくれた。途中、ゴミ山がよく見える場所があるので、降りて写真撮った。
「フィリピン人は、山をつくるんだ。あれは man made mountain だ」とボーンが言った。
ふしぎな感じがする。人間は山をつくることができる。
ゴミ山は、もう本物の山のように大きい。もともとは谷だった。Cimg8116







エラプ校は子どもたちはいなかったけど、先生たち、奨学生たちがいて、それぞれの作業をしていた。奨学生たち、マイク、ロウェル、レオ 3人の男の子と、ジェイペロウとデニス 2人の女の子。責任者のベイビー先生とレイレ先生とリサ先生と、ダニエル先生。
リサは、今年からコーディネーターの仕事をしてくれている。帳簿の整理や、外部機関との折衝や、子どもたちの出生証明書の取得のことなど。Cimg8130




エラプ校は、レイレ先生、ロシェル先生、アン先生とダニエル先生。ダニエルは去年まで奨学生だった。卒業してパアラランの先生になった。ここで経験を積んで、教員の資格を取りたいと考えている。
パアラランの幼児教育について、先生たちのノート(レッスンプラン)を見せてほしいとお願いしていたんだけど、ダニエルのノートが、感動的にきれい。英語で書いているし。読みやすいし。1ページずつ写真とらせてもらった。
5歳児だけを対象にしていた去年までと、3歳児からを受け入れている今年からは、内容はすこしずつ違ってくるけど、考え方は変わっていない。

奨学生はダニエルを含めた3人が卒業した。そして新しい奨学生が2人増えた。ジョネル君29歳、クレアアンが17歳。

ロウェル君が手紙をくれた。クリスマスカードとあわせて2通。Cimg8122



……私と家族を助けてくださってありがとうございます。ぼくの可能性を信じてくださってありがとうございます。金銭的な問題で勉強がつづけられなくなったときのことを覚えています。もし助けてもらえなかったら、いまも勉強を再開することはできていないでしょう。言葉にできないくらい、感謝しています。しっかりがんばって、きっと、あなたに誇りに思ってもらえる人になります。……

だいたいそんな内容。
またきちんと訳して紹介します。すごく嬉しい。若い男の子にお手紙もらうなんて、ないもんね。スポンサーのみなさま、ありがとうございます。

3年前、彼はお父さんが亡くなったため、カレッジを休学して、家でゼリーをつくって売り歩く行商をしていた。エラプ校に売りに来ていたことから、先生たちが事情を知って、レティ先生が、奨学金を出すと、決めたのだった。2014年の10月に私が来たときだ。ロウェルに、そのことを告げたら、すごい勢いで学校を飛び出して、お母さんと弟を連れてきたときのことは、忘れられない。とっても緊張した顔してたけど、ほんとに嬉しかったんだろうなあ。
レティ先生はその場でお金を渡して、翌日には復学の手続きをしたんだった。

去年、ロウェル君は学年トップの成績で表彰された。とても優秀なので、ジェイコーベンは卒業したら自分の会社で働いてもらおうと思っている。
あのとき、野菜の行商をしていたお母さんは、いまエラプ校で給食をつくっている。とても悲しそうな疲れた顔をしていたお母さんが、いまはとても楽しそうに働いている。
とてもうきうきした様子で、私たちにもごはんを運んで来てくれるのが、なんかすごくうれしい。



エラプ校の3階は、いま、地域のお母さんたちの縫製のトレーニングセンターとして、使っている。日本のNPOハロハロさんが立ち上げて、パアラランの人たちと、いろいろ協力しながらやっている。今は、火曜の午後と金曜の午前午後、お母さんたちが、ミシンの使い方などを学びにきているようだ。マネージャーのケビン君の話では、まずミシンの練習をして、その後、デザインやマーケティングのことも学んでもらって、女の人たちの自立支援につなげていく、という取り組みだ。Cimg8138




ケビン君に、私は頼んでおいた商品を受け取ったお礼を言った。
ジュースパックを利用したバッグなどのリサイクル商品は、ハロハロさん経由で作製をお願いしている。ここの人たちがつくってくれる。私はそれを日本に持って帰って、バザーなどで売って、その売り上げをパアラランへ返す、ということを細々としている。

ずっと昔、24年ほども前、まだ私たちがパアラランの支援に関わる前に、失敗したプロジェクトがあった。ミシンで縫製の仕事をして、その収益で学校の運営費を作ろうと考えたのだが、ミシンを踏むよりもゴミを拾ったほうがずっと収入になるという環境下で、それは全然現実的じゃなかった。その失敗のあと、学校は存続の危機に立たされたので、当時を知る人たちにとっては、トラウマ的な体験になっている。
だから、最初、レティ先生は、ハロハロさんの取り組みには、懐疑的だったと思う。母親たちが技術を身につけて収入を得ることは子どもの教育のために大事だという考えは、レティ先生の考えでもあったけれど、それがここで実現できるのかどうか。

ハロハロのハルカちゃんはとてもがんばったと思う。
いま、毎年たしかに前に向いてすすんでいるようで、パアラランにとっても、昔の夢が、ちがったかたちで花開いていく(トラウマから解放される)ことは、素敵な展開だ。

エラプ校近くの美容院に行く。カット40ペソ(120円弱)。私が来たら、美容院へ連れて行くのはレティ先生のこだわりだ。「そのばさばさの髪をなんとかしろ、フィリピンで切ったら安いから」と、毎年言われて、毎年連れて行かれる。どう切られても、10日もたてば慣れるので、黙ってカットしてもらう。美容院の帰り道、リサ先生が、アイスクリームをおごってくれた。

エラプは、ゴミ山が崩落して数百人が犠牲になった2000年の事故のあと、パヤタスの人たちが強制移住させられた町だ。そのころマニラの他のスラムからの強制移住もあって、ここに町ができた。原っぱに建物があるだけの、殺風景な町だったのに、いまは、それなりに落ち着きと活気のある町になってきた。

レティ先生の次女のジンジンも夫の退職後、家族でここに引っ越してきた。パヤタス校の隣の家。路上でアチバル(ジンジンの長男)に会った。去年、体を壊して、軍隊をやめて、いまは別の仕事についている。Cimg8135_3