2017年8月 Paaralang 3

8月2日 水曜日。
午前中、エラプ校へ。
エラプ校の午前のクラスは、3歳半~4歳の80人、4クラス。8時から10時半まで。
午後のクラスは、4歳~5歳の82人。4クラス。1時から3時半まで。Cimg8146




雨季で小さい子たちは欠席が多いので、朝のクラスは、全員1階で合同クラス。
この日の朝、私たちが着いたときには、テレビの教育番組を見ていた。アルファベットと数字をおぼえましょう、というの。そのときの蟻の行進の歌が面白かった。こんなの。https://www.youtube.com/watch?v=xozQnsGkHJ4

ついでに、パアラランの子どもたちがよく歌って踊っているのは、これ。セサミストリートから。https://www.youtube.com/watch?v=Ye8mB6VsUHw
毎日聞いていたから、帰りの飛行機のなかでも、耳のなかでずっと鳴っていたわ。Cimg8159

それから、果物の授業、リンゴの色と形について。それから、顔と体のそれぞれの名称について。目でしょ、耳でしょ、鼻と口……英語で。
給食はルガウ(おかゆ)。

この日は、レイレ先生、ロシェル先生、ダニエル先生が担当していた。
お祈りのとき、ルールを守りますという言葉を復唱するのだが、「お行儀よくして、先生をハッピーにします」と言っている、らしい。(とも子ちゃんが気づいた)。

先生をハッピーに、なんて、日本にはない発想だけど、そういえば、日本の子どもは、なぜお行儀よくしなければいけないんだろう?

さて、小さい子たちが来ると、何が起こるかというと、ドアの柵にしがみついて、全力で泣いてる子がいたり、クラスの活動には参加せず、ひとりで遊んでる子がいたりするのだった。

エラプ校では、ジュディという女の子が、みんなから離れて、ひとりで入口の机にむかってすわっていた。Cimg8160




……なんか、私の息子みたいな子が、いるよ。

というわけで、私の子は3歳半から4歳半までの1年間は、幼稚園はまだ無理で、週に一度おかあさんと一緒にデイケアのクラスに通ったこと、
そのあと幼稚園に入ったけど、最初の1年間は、毎日教室から逃げ出したり、みんなから離れて入口のすみの机にぽつんとひとりでいたこと、絶対に歌わない踊らない子どもだったこと、
でも1年後には、歌わないし踊らないけど、みんなと一緒にいられるようになったこと、そうして小学校に通えるようになったことを、先生たちにいっぱい喋った。

あとでレティ先生と話したときに、幼稚園では1クラス30人で、先生は1人だと言ったら、それは駄目だと言った。でも私の息子のような子のために、サポートしてくれる先生や大学生がいたと言うと、納得していた。
パアラランでは、奨学生たちが、クラスのないときに、アシスタント・ティーチャーをしてくれているので、そういった子のサポート体制も自然にできている。

たぶん、特別支援の考え方は、ここではとてもあたりまえで、とても自然だ。
もともとが、既存の学校制度をはみだしてしまった子どもたちのためにつくられた学校だったから、子どもたち、どんなふうにここにいても大丈夫。

しばらくすると、ジュディの机のところに、もうひとり男の子が椅子をもってやってきて、ふたりで黙ってすわっていた。

ベイビー先生の末娘のエライジャンと、1歳の息子のPJも教室で過ごしている。PJは、ほんとにかわいい。ずっとにこにこしていて、楽しそうだ。数か月後にはPJの弟か妹が生まれる予定。エライジャンは、私がはじめてパヤタスを訪れた年に、生まれた女の子。今年23歳になる。

ベイビー先生は、もう何年も膝の痛みを抱えている。「今度、手術するんだ」と言う。それで、この痛む足を切り落として、かわりに豚の足をくっつけるのよ、と言う。
「豚の足?」「イエース、豚の足」
……ジョークだと思うけど。Cimg8190

自転車で迎えにきたお兄ちゃんが、弟に上着を着せてやっていた。

お昼ごはんのあと、パヤタスに帰る。ジプニーを降り損ねて、行き過ぎてしまったので、トライシクルで引き返す。ひとつ手前の通りに連れて行かれて、ここだろう、って言われたが、ここではない。コリアンはここに来るよ、というが、あいにくコリアンでもないのだった。たぶん、このあたりを拠点に活動している韓国のNGOか教会のグループがあるのだろう。別の日にも、その通りを歩くと、「アンニョンハセヨ」と声をかけられた。

学校前のテラスで、来る予定の日本の学生たちを待っていると、近所のカンデラリアのお母さんに、さっきそこをトライシクルで帰ってきたよね、と声をかけられた。昔、お母さんの子どもたちはみんな、パアラランの生徒だった。
いまは娘たちと孫たちと、8人で暮らしている、って言ってたかな。孫のひとりは、心臓が悪くて、死んでしまった。

待っている間に、マジョリーのお店にも寄った。レティ先生の姪で、昔、パアラランの先生をしていた。いまは、お店のたくましいおかみさん。キャンディもらった。Cimg8202_2




学生たちの到着は遅れている。タクシーが全然違う場所に行ってしまったらしい。連絡通じてよかったよ。午後のクラスの給食も終わったあとの3時頃到着。国際教養大学のV-act の18人。

突然やってきた大きなお兄ちゃんお姉ちゃんたちに、子どもたちひるんでいたけど、「ようこそパアララン・パンタオへ」というあいさつは、練習していたから、なんとかできた。

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最初のネームカードつくりは、まだ難しかったけど、アルファベットのかるた取りをする頃には、子どもたちもうちとけて、やんちゃな男の子たちの闘争心には火がついて、楽しかった。

リサ先生、クリステル先生、イエン先生と、奨学生のジェイペロウがアシスタント。ジェイペロウは17歳。幼稚園ときとても優秀だったので、1年スキップして小学校に入学したらしい。絵がとても上手。デザイン関係の仕事ができたらいいなと思っている。

みんなが帰っていったあとの夕暮れ、学校前の道で、少年たちはバスケットボールをし、大人たちは闘鶏をしていた。鶏はどこにでもいて、一日じゅう鳴いている。Cimg8238