星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

夏休みの宿題

フィリピンから帰ってきたら、息子の夏休みの宿題が、さっぱりすすんでいないことが判明。終わらなかったら、宇和島に連れて帰らないよ、と脅してはみたが、帰省前夜のいまになっても、終わってないよね。
かといって、連れて帰らないわけにもいかない。

勉強している、ふりをして、親がいなくなるとゲームしてるし、
ピアノの練習、と言って部屋に行ったはずが、さっぱり音は鳴ってないし、
帰ってきたパパが戸をあけると、いきなり音が鳴り出す、という具合で、「おまえはオルゴールか」と言われている。

カープががんばっているから見ないといけないらしいし、高校野球もはじまったし。

課題にふりまわされる夏休みなんていやだから、さっさと終わらせて自由になる、と宣言したはずが、夏休みもう半分過ぎたよ?

あと半分あるから、余裕でできると思っているんだろうけど、ここまで白紙の日記は、どうするんだろう?



夏休みの作文はすんでいる。人権のテーマで、いじめについて書く、と言って書いていた。

小学校のはじめから、あったことをずっと書いていた。こんなことがあってあんなことがあって、と書いているなかには、私の知らないこともあった。根掘り葉掘り聞いていたつもりだったのに。

私たちがずっと言ってきたこと、話しあってきたことは、いじめは、いじめる側が100パーセント悪い、ということ。人をいじめる人は幸福になれないということ。
息子のコミュ障のせいだと先生が言ったときは、私は激怒して手紙を書いたけど。

いじめられて、まず傷つくのは、自尊感情だ。とにかくそれを防ぎたかった。

8歳や9歳の子どもの顔に、不信や警戒の色が浮かび、それ以前の天真爛漫な表情はもう戻ってこなかった。あれはせつなかった。

いじめをする人は、ほんとうは心が弱いと思う、と息子は書いていた。自分の弱さを、人をいじめてごまかしている。

いじめの相談で、療育に行ったとき、まだ4年生の息子に、ドクターが「手記を書くといいですよ」と言って、息子が、はい、と大人の顔で答えていたのを思い出した。

書きながら息子、「書くとすっきりする。思い出すのがつらいこともあるけど、勇気も出てくる」と言った。
書き終わったあと、しみじみと、「あのころの自分をほめてあげたい。よく耐えたよ」と言った。

死んでしまった女の子のことを考える。夏休みのはじめに中3生が、校舎から飛び降りたこと。いじめが理由らしい。かわいそうでならない。
子どもを守れなかった親の悔しみも、どれほどだろう。



兄から、明日からの帰省の確認の電話。6月に会ったあと、脳血栓で入院したときいていたから、心配していたんだけど、大丈夫らしくてほっとした。リハビリを兼ねて、仕事も週3で行っている。