星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

体育祭

ほんとに、森有礼は余計なことをしてくれたよ、と言うのであった。
本の学校教育に、運動会を持ち込んだことについて、運動嫌いの子の不満だけど。

クラス対抗で長縄跳びがあって、その練習に女子たちがはりきっていて、でも自分はもう、足が痛くて無理だから、途中で休むんだけど、そうすると、にらまれる。
「ほかのクラスが練習やめたあとも、まだやるって言うんだ。もう、ブラックだよ」
と、ここんとこ、ぶつぶつ言っていたが。
毎晩、足に湿布してやったけど。

それももう終わり。
土曜日、体育祭だった。

保護者席に適当にすわっていたら、応援団の服を着た生徒がやってきて、隣にすわっていた人に、
「母ちゃん、体操服忘れた」と言うのであった。
なんであんたはそんなに馬鹿なのかと、母ちゃんに言われながら、
本人はなんか、のんびりしていて、おかしかった。
父ちゃんが車でもってきてくれることになったようですけど。

開会式前の、最初の注意事項で、競技中にJアラートが鳴った場合の、避難場所について指示があったのが、異様だった。異様すぎた。
Jアラートという言葉自体、私は全然腑に落ちてないんだけど。スマホもケータイももたないし。

息子はぶつぶつ言っていたが、でもあんたの学校の体育祭は、ずいぶんゆるいよ、と私は思う。まず入場行進がないし。
自分を振り返って、体育祭の何がしんどかったって、全員参加の応援練習ほどいやなものはなかったけど、それもない。応援は、応援団の演舞があるだけで、やりたくない人にやらせるようなことは何にもない。
いいなあと思う。負荷が少ない。


縄跳びは、足ひっかけていた。ソーランは、まあまあ踊っていた。騎馬戦は大敗していた。人を連れて走る競技は、引いた番号で指示された「還暦を過ぎた人」が見つからなくて、もたもたした。「いや、目の前にお年寄りはいるよ。でも、あなた還暦すぎてますよねって、こちらから言えないし。誰か出てきてくれるのを待っていた」。なるほど。
リレーは転んでいた。でもクラスは、2人転んだにもかかわらず、1番だったので、よかったねと。

私は小中高時代、運動会は、灰色に押し潰されたような気持ち、という記憶しかない。憂鬱でたまらないのに、学校に行かないということもできなくて、つらいのを我慢しつづけた秋の日々。先輩がぎゃんぎゃん怒鳴るのが、ほんとこわかったし。まわりが夢中になればなるほど、疎外感で息がつまりそうだったし。

そうではない運動会もありえたかもなと、息子が、運動は苦手ながら、それなりに楽しく過ごしているのを見ながら、思う。高校生の仮装なんかも、無邪気に面白がっているし。息子の表情の明るさの分だけ、私の記憶のなかの灰色の霧が晴れていくみたいなのだった。

すわって見ていただけだが、半日おひさま浴びて、疲れた。帰ってすこし寝た。