星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

その場さんち

この家には、その場さん一家が住んでいる。
その場しのぎさんと、その場かぎりさんと、その場だけちゃんが暮らしている。
……という話を、私たちはよくする。

朝夕冷えてきた。衣替えがまだできない。その場しのぎにそれぞれあやしげなものを着たり着なかったりして過ごしている。息子が私の服を着ている。サイズが同じになったのだ。

沈む畳の下の床板の張り替えは、6畳のうちの5畳までやった。打ち付けてある釘が抜けないとか、はずした床板が窓にぶつかってガラスが割れる!とか、いろいろたいへんだったが何とか。残りの1畳は、まだ大丈夫そうなのと、動かすのが大変な家具があるのと、日が暮れたのとで、いつかまた、と先送りした。

先送りできないのはガラスの修理。ダンボールとガムテープで2日しのいだ。ガラスの破片が飛び散ったはずの、家の裏側は、木と草が茂って、人が通りぬけられないありさまだったので、茂り放題の南天の木とか空中を泳いでいる薔薇の枝とか、伸び放題の蔓とか、切ったり刈ったり、ようやくガラスの破片を拾えるまでがおおごとで。
薄いガラスだったらしく、ガラス屋さんは、2ミリ厚いのを入れてくれた。古いゴムも変えてもらった。
ついでにカーテンも洗った。冬になると結露して、畳の色も変わってしまう。壁もいたるところから隙間風がくる。すきまというすきまに、断熱材を挟み込んだ。

やっとほっとしたところで、ついでに片付けた廊下の片隅、古い木の本棚を物置にしていたのを、本棚として使いたいので、引っぱり出したら、その床板部分が、壁からずれ落ちているのを発見。これは隙間ではなくて、穴である。冬の廊下が寒かったはずだ。ネズミもここからきたかな。
廊下はだいたい、もう駄目なのだ。あんまり沈むから、ぶよんぶよんの板の上にコンパネを敷いてごまかしているのである。2年近くそれでしのいでいるんだけど。所詮はその場かぎりの補修なのだ。

そういえば、リフォームの業者さんが来て、庭に投げ出してある古い床板を見て、自分で張り替えたのだと言ったら驚いていたけど、仕事しがいのある家だと思いますけど、お金がないので、無理です、と帰ってもらった。お金もないけど、そういうことを考える自分の気持ちの余裕もないと思って、来年の春以降、もし覚えていたら、寄ってみてください、と帰ってもらったんだけど、もし直してもらうとして、一番最初は、やっぱり廊下かなあ。
とりあえず、穴をどうしよう。冬をしのぐことを考えなきゃ。

はずした床板は、せんべいのようにバリバリはがれる。こんなあやういもののうえで、よく暮らしていたよと思う。

家を片付けるのは難しい。もう骨董品のようなパソコンがいくつもあるのとか、大中小いろいろなスピーカーとか、あれこれの機材とか、私が処分して欲しいあれこれのものが、パパには大事で、パパはむしろ私の本を処分すべきだと思っているし、私は子どもの玩具のかさばるのも、もういいかげん処分させてほしいけど、それはそれで、おじいちゃんが買ってくれたからとか、捨てられないらしく。
でも、何も処分しないまま、すっきり片付けるなんて、無理だから。

そんなわけで、片付けはじめると、いろいろ険悪になるので、日ごろは避けて、見て見ぬふりでやり過ごすお片付け。
でもとりかかったので、何かしら決着するまでは、あっちに動かしたりこっちに動かしたり、なんとか収めるまでは、やめられないお片付け。
毎日ほこりまみれ。

だけちゃんは、毎日、学校にねこをかぶりに行っている。家ではかぶらない。
定期考査中なのだが、机に向かっていても、机に向かっているだけなんだよね。私が見ている間は、ノートに字を書いているが、いなくなると、ぴたっと止まるみたいで、1時間後にのぞいてみても、1時間前から何もすすんでいない。何してたの?ときいても要領を得ないのだ。
必要でないものをごそごそ持って帰っているのに、必要な教科書はなぜか持って帰ってないし。ネットで調べれば大丈夫、というのでiPadを渡したら、画面にはなぜか電車が走っているし。
だけちゃんは、苦手なこと、できないことを見て見ぬふりをする癖がある。目を背けていたら、問題は消えてなくなる……わけはないので。

つまり、数学の証明の問題が、いやなわけね。ということは、その証明の問題を勉強すればいいわけよ。そこを避けるから、いつまでも不安が背中から追いかけてくる。

やっと数学の問題集ひらいたけどね。まにあうかあわないか知らないけどね。