星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

信じる

12月の合唱祭に向けて、歌う曲を何にするか、指揮、伴奏、パートリーダーたちの間で、話し合いがあり、いくつかあがった曲のなかから、多数決で、「信じる」という曲に決まった、らしい。
息子としては、その曲は、一番避けたかった曲だった。一番伴奏が難しいし、何より歌詞が気にいらない。「自分に嘘をつけない私」という歌詞があって、そこでもう、嘘くさい、と思うのらしかった。なるほど。
谷川俊太郎さんの歌詞。谷川俊太郎さんなら、見たことあるでしょ。こないだ(何年前のこないだか、思い出せないが、私としてはついこないだ)、山口で中原中也記念館に行ったとき、いたでしょ。詩の朗読してたよ。
「ああ、そういえば、おじいさんの人がいたかなあ」と息子としてはかなり昔の記憶を、ぼんやり思い出したらしい。
あのおじいさんの書いた詩だと思って、弾いてあげなよ。弾くときまったら、いい曲と信じて弾くのがいいと思うよ。
というわけで、練習はじめた、のが昨日あたり。



さて、インターンシップの話は続きがあって、インターンシップの翌日に、息子が行ったとなり町の病院あたりで、不審者が出た、という情報と、インターンシップで撮影した写真のデータを学校に出すという話を、息子はもって帰り、それで写真のデータの整理は、私も手伝った。息子自身は1枚しか写っていない、あとは、医療機器の写真がえんえんとある、データだったが。
昨日の夜、担任から電話があって、はっきりしたのだが、なんと、不審者と思われたのは、息子なのだった。

地元の小学生たちが、バス停にカメラをもった不審者がいたと言ったらしい、それで、小学校から病院へ、病院から息子の学校へ、問い合わせがあり、それで息子に写真を撮ったかどうかの確認をして、誤解だということを、管理職が、先方の学校へ伝えた、という次第だったらしい。

インターンシップに行った中学生を、不審者呼ばわりするとは何ごとか」と、怒りだしたパパをなだめて、と。

息子から詳しい話を聞く。
帰りに、 バスを1時間半待っている間、病院で撮った写真のチェックをしていた。そこに見慣れないバスが来て、撮りたいなとは思ったけれど、小学生たちが乗っていたので諦めてカメラを鞄にしまった。そのとき小学生たちからにらまれてこわいなと思った。

最初のバスが、トイレに行っている間に、定刻より3分早く出発してしまって1時間余分に待たなければならなかったことも不運なんだけど、
不審者だって。なんて受難な子どもだ。

息子は鉄道写真を撮るということもあって、人一倍、撮影のマナーには気を使っていて、他人にカメラを向けることは絶対にしません、ということは担任にも言った。
息子には全然非はないと思う。

彼は冷静に理解してはいるが、「ぼくは思わず冷静なふりをしてしまう」というように、それなりに傷ついているし、親としても、それなりに悲しいということは、言いたいけれど、誰に文句を言えばいいかわかんない話だな。
不審者に気をつけるように、どこの学校でも言うし。
たぶん小学生たちは、「見慣れない人がいる」「不審者かも」「カメラもってるし」「不審者だ」「親や先生に言わなきゃ」というふうだったのだろうと思うけど、

「よその土地をカメラをもって訪れたら不審者なのか」と怒るパパを、
いまどき、見慣れない人間はだれでも不審者だから、となだめる。

「田舎だから仕方ないのかも。誤解がとければそれでいいよ」と息子は言うのだが。
(それよりパパの怒りがめんどくさい、と私と顔を見合わせるのだった。でも、パパが息子のかわりに怒るのは、それなりに、救いでもあることは、理解している。)

それで私たちは思い出したんだけど。
小学校6年の頃、息子は、女子たちに「彼はエロゲーをやっている」という噂を立てられた。それは、女子たちがエロゲーという言葉にハマって、誰かがエロゲーをやっていると言ってみたくなり、それで、たまたま目にとまった息子に、おそらく、よくわからない難しいことをやっていそうだから、という理由で、白羽の矢が立ったのだが、噂が広まり、男子たちからも「エロゲー野郎」とからかわれるようになった、ということがあった。

エロゲー野郎だったのが、今度は不審者野郎になったのかー、と笑ったんだけど。

いじめられてきた経験ならたくさんあって、子どもらの軽はずみな言動の残酷さについては、よく理解しているし、そこそこ耐性もあるけれど、ほんとに、次から次へと、受難な子だ。

「信じる」の歌は、ほんとうのことを書いてはいるよ。
信じてもらっている確信があれば、くじけないでいられると思うし、親としては、くじけないでほしいと祈る思い。

せっかく病院ですばらしい体験をさせてもらったのに、いやな後味が残ってしまって、せっかく親しみを感じたとなりの町のことを、嫌いになったら残念なんだけど。
そこもパパが、となり町の大人や子どもに対して、口をきわめて罵詈雑言を言うので(とてもここに書けません)、むしろ、息子は、この父の怒りから、町のひとびとを守らなければならないと思うらしく、
この父と息子は、面白いなあと思う。

いつものように息子には、これから世の中に出たら、たくさんの理不尽なことに出会うけれども、それらに対して、賢く対処できるための訓練みたいなもんだから、親や先生方が守ってくれる間に、こういう体験ができるのはラッキーなことだよと言ったけど。先取り学習みたいなもんだよ。

ところで息子は、不審者と思われたことよりも、そのことで学校の先生や、病院の人たちや、先方の小学校の先生など、親も含めて、たくさんの人を巻き込んで煩わせてしまったということが、とても心苦しいようなのだった。
自分は何もしていないのに、なんでこんな騒ぎになるんだと、とまどっている。
ステルス性高く生きたいと思っている自分の美学に反する事態でもあるし。

なので、 子どもの名誉のために戦うのは、親の醍醐味だし、先生たちの仕事のうちだからいいんだよ、と私は言った。きみの親をやっていて、私はほんとに楽しいよ。

「にゃあ」と息子は鳴いた。