電子辞書の快楽

前期の成績表がやってきて、これまで5段階評価だったのが10段階評価になった。単純に5段階に置き換えると、去年と比べてずいぶん下がっているんだけど、これは10段階になって評価が厳しくなったのか、きみが怠けたのか、どっちでしょうか、と息子に訊いたら、両方でしょう、と言っていた。

家で。30分か1時間もあれば終わりそうな宿題を、2時間過ぎても終わってない。もういいかげんお風呂に入って寝なさいね、という時間になっても終わってない。
宿題しないまま学校に行ってもいいから、強制終了させたいけど、本人そんな度胸はないので、ようやくまじめにとりかかる。

毎日毎日そんなふう。わりとこまめに、声かけをしてもそうなんだけど、
時間意識の希薄は、特性としてあるんだけど、いい加減、自覚してほしいと思う。

それで、勉強してるふりして何してるかというと、電子辞書に見入っているのであったよ。
画面をのぞくと、あわてて消すけど、たいてい鉄道の話を読みふけってる。
因数分解のノートの傍らに、線路はつづくよ、どこまでも。

数学の宿題やってるときに、電子辞書出していると、取り上げるんだけど、英語になると、必要だからと、取り戻しにくる。そんでまた、遊んでいる。
英作文は、辞書に例文がたくさんあるので、何とかなる、らしい。つまり、電子辞書がないと、なんともならないらしい。
ここんとこずっと、電車の話ばっかり書いていたが(それで、電車の話だと、まあまあ集中できる)、書きすぎたんだな、これから電車の話だとポイントを半分にすると先生に言われた。
ところが、電車以外の話となると、書きたいこともないので、さっぱりすすまない。
のらりくらりが、ますますのらりくらりする。
…いいよ、電車で。と私は思う。

電子辞書は、音楽も鳴らしてくれる。吹奏楽部の友だちと、あれこれの曲を聞きながらおしゃべりするのは楽しいらしい。

国語の教科書には、『走れメロス』が載っている。
電子辞書にも入っていて、朗読までしてくれる。
「この段落は、声のトーンがすこしずつあがっていって、最後ですごく盛り上がる」
そういうのが、なんか面白いらしい。

「ぼくは『斜陽』が気に入った」と言う。
読んだの? と聞いたら、電子辞書にはメロスだけでなく、『斜陽』も『人間失格』も入っていて、通学のバスのなかで読んだ。いまは『人間失格』を読んでいる途中だって。

なんかなんか、ショックである。そうか、太宰を読むのか。私の小さかった坊やが。

太宰は、新潮文庫で全部持ってるよ、読むんならあげるよ、古くて字も小さくて読みにくいけど、って言ったら、「全部読んだの?」って聞く。
読んだ。
文章上手だよね、引き込まれるよね、という話をしながら、太宰なんか読まなくていいのに、「走れメロス」だけでいいのに、とお母さんの私は思っている。
『斜陽』のどこが面白かった? って訊いたら、
「貴族の没落というテーマもよかったけど、直治の遺書が、胸にドカーンときた」って言う。

そんなわけで、何十年ぶりに読み返した直治の遺書。
そうそう、こういう内容だったなあ。

……僕は、僕という草は、この世の空気と陽(ひ)の中に、生きにくいんです。生きて行くのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて来たのも、これでも、精一ぱいだったのです。……(太宰治『斜陽』)

テストで、物語の登場人物の心情を問われても、さっぱり答えられなくて、記述問題まるごと落としていた息子だが、
直治の遺書はドカーンときたわけか。

来月には14歳。
まあ、そんなもんか。