星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

変わった子

胸の痛い事件がつづく。5歳の女の子の虐待死も、新幹線の殺傷事件も。新幹線、今度は人身事故で新下関で止まっているとか。地獄のリアリティぶりが心臓に刺さる。
おかげで、米朝首脳会談のニュースとか、どこか遠くのレビューのニュースのようだった。平和的だったし。

新幹線の殺傷事件の報道、犯人の障害名を見出しにもってくるなんて、さすがにそれはない、それは駄目だと思った。訂正消去されたみたいだけど。偏見が助長されたらマスコミの罪だと思う。そうでなくても生き難いなかを、絶望と闘いながら生きてるのに、そういうこと全然わかってないだろっていう。なんかなさけなくなった。
障害を取り上げるなら、障害者を絶望させない社会をつくれるかということを問い続けてほしいけど、そういう粘り強さが、あるとも思えないので、無責任に書くなよ、と思う。

それはそれとして、とりわけ、胸にひっかかっているのは、犯人の父親のコメントだったりする。ああ、似てるよ。自分の息子を変わった子というあたりとか。「変わった子」って、私もたくさん言われてきましたけど。自分が何か苦しみを感じると、相手を「変わった子だから」という理由で排斥することで、自分を守ろうとする男たちというのは、うちの父をはじめとして、たくさん見てきたわ。

親が悪いとか、そういうことを言うつもりもないんだけど。

ああ、こういうことか、といろいろと思った。さしあたり私の父は、あの犯人の父の姿を見て、自分が、息子に対して全くダメな親だったことを、少しは自覚して欲しいし、にも関わらず、たった16歳で帰る家を失った、発達障害と軽い知的な遅れもありそうな息子が、ヤクザに拾われたりそこを抜けるのに指を失ったりしながらも、犯罪に手を染めることもなく、いじめられて職場を追われてもホームレスになっても生きのびて、社員は家族だからと言ってくれるような会社に拾ってもらえたことについて、運を天に感謝すべきだと思う。
たぶん、気がつかないと思うけど。「迷惑かけてごめんなさい」と去年帰省した弟は言ったらしいんだけど、本当は、父さんが謝るべきなんだと思うよ。あの子に、こんなに苦しい、たいへんな人生を生きさせてしまって。

それからまた思い出したのは、兄の借金のせいで、毎晩ヤクザが取り立てにきていた頃の光景だった。玄関で土下座して謝っているのは母だった。父は他人顔だった。兄と父は血はつながってないし、近所の家を見ても、子どものことで、悩んで泣いているのは母親ばかりだったから、そういうもんかと思っただけだったけど、でもあのとき、高校生だった私が思ったのは「父さんは苦しむのを怠けてる」ってことだった。
もしかしたら、怠けた罰で、母さんに先に死なれて、ひとりで長生きするはめになったかもしれない。と私はひそかに思っている。言わないけどね。
そして、あのときヤクザに土下座していた母は、「変わった子」である私たちを絶望から守ってくれたのだと思う。

犯人の母親のコメントも読んだ。育てにくい子でって。
きっと本当に困りながら、子育てしたんだろうなということは、想像できるけど、愛情も疑わないけれど、

もしかしたら、欠けていたのは、「覚悟」だったんだと思う。そして思うに、「覚悟」のない愛って、地獄をつくる。