星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

聖地巡礼

もう9年目になるのか。エレクトーンのアンサンブルの発表会が近い。幼稚園の頃から一緒に習っていた子たち4人のグループで、今年も参加する。今は個人レッスンだし学校も違うので、普段は全然会わないが、久しぶりに一緒に練習してきた息子、
「10か月ぶりなのに、ちゃんと居場所がある感じでうれしい」と言っていた。4人の空気感が、とてもおだやかでいい。
Yくんたちのグループにも久しぶりに会った。中3のNちゃんと高1のTちゃんもいて、おしゃべりしていた。進路の話とか。学校に行けていないYくんは、新しくできた通信制の高校に行くつもり。Nちゃんは行ける高校ない、と明るく言ってるが、どこかに行くでしょう。Tちゃんは、大学で心理学を勉強したい。それで困難を抱えた子たちに寄り添ってあげられる人になりたい。「そう思うようになったのは、きみの影響が大きいよ」とYくんに言っていた。
いい光景だなと思う。

居場所があるといいですね、自分の居場所があれば、難しいことがあっても、がんばっていけると思いますよ、
と、小6のとき、最後に療育に行ったときに言われたことだけど、いまのところ、息子は学校に居場所があるようで、しかも、楽しそうだ。
同級生とのちょっとしたトラブルも余興にみえるほど、余裕がある。

居場所があるというのは大事で、根っこのところの自己肯定感みたいなのがゆらぐと、障害特性が良くないほうに肥大して、無駄に傷ついて傷つけてぼろぼろになる、
のは私も経験済みで、それが一番心配。
自己肯定感がゆるがなければ、特性も個性に落とし込める。

多かれ少なかれ、人生はいろいろ失敗する。でもどうせ失敗するなら、自分の考えで自分の流儀で失敗したほうがいい。気づきもあるし、反省もしやすいし、立ち直りやすい。他人のアドバイスにしたがって失敗したら、傷が深いばかりで立ち直りづらい。他人は責任とらないし。

という話を息子にはすこしする。

定期考査の範囲が発表になってて、数学も英語も、はや高校の内容に入っているし、私はもうついていけないが、国語は芭蕉奥の細道があって、なつかしかった。
私、まだ暗唱できる。月日は百代の過客にして…。
歌枕、の説明は、聖地巡礼、でいいと思うんだけど、

息子は、奥の細道の旅を、列車で辿るとすると、どの路線をどう乗り継いで、何日かかる旅になるかということを、地図帳と時刻表でえんえん調べていた。
芭蕉とは別の、違う聖地が見えている、と思う。
聖地巡礼したいらしい。