星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

黄色い本

高野文子の「黄色い本」というタイトルの漫画は、田舎の高校生の女の子が、『チボー家の人々』という小説を、夢中で読みふける、という物語だ。
チボー家の人々白水社の全5冊の黄色い本は、私も15歳の夏に夢中で読んだ。夢中で読んだのだが、何年もたつと、夢中で読んだことだけ覚えていて、内容はあやふやになっている。大学生の頃、古本屋で見つけて、いつかもう一度読み返そうと思って買った。
そのまま読まずにいたのだが、そろそろ読まないと、読めなくなる、と気づいた。小さい文字を追うのが、そろそろつらいのだった。で、読み始めると、これが、なんかもう、いいようのないなつかしさで、細部は忘れているのに、空気感は覚えている。できるだけゆっくり、ゆっくり、読んでいる。いま、アントワーヌが、家出して施設に入れられた弟のジャックを、救い出そうと画策しているところ。
15歳の夏、レゾンデートル、という言葉を私はこの本で知った。どきどきするほどすてきな言葉だと思ったけど、かなしいかな、もう魔法は消えているのだ。
で、いまは黄色い本を、いつもカバンのなかにつっこんでいる。


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今年で3年目なんだけど、この11月も、近くの高校の教室に油絵を習いに行ってる。週に一度、5回のコース。気ままに、なんかへんな絵をかくのは楽しい。他の人たちのを見るのも楽しい。去年いたおじいさんが今年はいない。おばあさんたちが「来年も来れるかしら。来れるといいわね」とおしゃべりしている。
木箱の上に、黄色い本をのっけてみた。

数日前、パパの誕生日だったので、ケーキつくった。炊飯器と息子がつくった。「いちごの組体操」と言いながら、飾っていた。「ほんとにつらかったよ、小学校の時の組体操」。思い出すと私もしんどくなる。ケーキの写真貼っとく。

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ところで、合唱祭の連弾用に作っていた息子の楽譜は、夢と消えた。
最初、背中ちゃんが低音部、息子が高音部、という話だったので、「高音部を華麗に編曲した」のだが、結局息子が低音部とペダル担当になり、背中ちゃんが高音部になり、すると背中ちゃんは、息子の楽譜は弾けないので、自分で考える、ということになった。でもいい感じですすんでいるらしい。ピアノは。

合唱はもう、最悪。出場しないほうがいい、と息子は言っている。音程が違う、リズムが違う、声が出てない、おしゃべりばかりしている、もうぐだぐだ。去年もそう言っていたよ、と言うと、去年のほうがまだまし、だそうで、音の汚さが腹立たしくて、いらいらしてくる。机を蹴ってみたが、何も変化がない、ので、ピアノの音に集中することした、と。

聴覚過敏のもうひとり、ぎりぎりちゃんは、ずっと保健室登校だったのが、最近、美術の時間だけは、教室に戻ってくるようになった。ぎりぎりちゃんが戻ってくるんだから、うるさくするんじゃないぞ、と指名で注意されたひとりは、洪水ちゃんだが、「えー、わたしたち、アニメの声でおしゃべりするんですけどー」と返事していたらしい。
その洪水ちゃんに、今日、息子は、給食のレトルトカレーのカレーを服にかけられて帰ってきた。
カレーの袋を開けるときに、飛び散ったんだけど、男子たちが、誰かやるんじゃないかと言っていたら、洪水ちゃんがやったのだった。
袋を開けるのは難しいのだ。ママは小学校や中学校のとき、給食のマーガリンやジャムの袋がうまく開けられないで、あっちこっち飛ばしていたよ、という話をしていたが、洪水ちゃんにカレーをかけられた息子、
「ママと同じだから、しょうがない」と思ったそうだ。

洗濯。