星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

「夢」と「人生」

帰省もせず、毎日みんな昼まで寝ていたお正月。昨日の夕方突然、義父さんがやってきて、 お寿司食べに連れてってくれた。
義父さん、ワイナリーをつくりたいという話は、以前からしていた。ときどきSLも走る線路沿いの土地に、ワイナリーと福祉施設を合体した建物をつくりたい。以前、候補に考えている土地も見せてくれて、ここにワイナリーがあったら、鉄道ファンはやってくるか、とか孫に意見をもとめていましたが、
義父さん(知的障害者の施設の理事長さん)が言うには、少子高齢化が進んで、このままでは、中途半端な施設はつぶれてしまう。そうすると困る人がたくさん出てくる。統合を考えなければならないし、専門家がいるきちんとした施設と、施設利用者が働いて、かつ収益をあげられる仕組みをつくりたい。
生産性がないとされてきた人たちだが、そんなはずはないのだ、何か方法があるはずなのだ、と義父さんは言うのだった。
ということで、今の施設でも米作りなどしているんだけど、新たに、ワイナリーをつくりたいらしいのだ。山の向こうには、ブドウ畑がひろがっている土地だからできないはずはない、と。
ワイナリーの二階は、レストランにして、線路の側は、全面ガラス貼りにする、とか、楽しそうに言う。
話は、進んでいるんですか? ときいたら、
「夢よ」とひとこと返ってきたんだけど。
80代も後半の義父さんの「夢」という言葉が新鮮だった。夢、なんて言葉、久しぶりに聞いた気がするよ。

新年の抱負、とか、夢、とか、考えもしなくなって、どれくらい経つんだろう、私。
そんなこと、一度も考えたことなかったんじゃないか、と思うくらい記憶がない。

義父さん、孫が、もし医療関係に進むなら、読ませたい論文のあれこれが、一太郎のなかに眠っているという話を、ひとりごとみたいに言っている。

夢をもつにはいい年頃の息子が、あれこれ夢見るのは、電車の旅をしたいということばっかりなんだけど、それでも、4月から、高校生になるわけで、進路のこととか、クラス分けのこととかあるし、いろいろ考えるように迫られてもいて、
すると、「ずっと考えていると、つまり、人生ってなんだ、という哲学的な問題になってしまう」らしいのだった。
ああ、たいへんな年頃だなあ。哲学の本なら、本棚ひとつぶんくらいはうちにあるので、難しいのも読みやすいのもいろいろあるから、読みたかったら読んでいいけど、答えがでるか悩みが深くなるかは、私はわからないよ。

太宰の「斜陽」に「犠牲者だけが美しい」って言葉があったよ、というようなことも言うので、
同じ本に「伸びていく方向に日が当たるようです」という言葉もあったと思うよ、と答える。

数学のベクトルは、昔は数Ⅰの範疇だったと思うけど、いまは数Ⅱに移行しているのかな、苦手な数学のなかでも、ベクトルは私は好きだったので、これから息子は習うんだろうけど、大丈夫だと思うよ、という話やら、空間図形の話やらしていたら、「奥行きがあるというのは、すばらしいよ」というようなことを、さらりと言う。

80代も後半のおじいさんの語る「夢」と15歳の少年の語る「人生」で、年が明けまして、ところで私は何をしてるんだろうなあ。

体調不良その他で2日遅れになったけど、昨日、義父さんがイチゴやら何やら買ってくれたので、誕生日のケーキつくって食べる。お正月の度にもれなくついてくる私の誕生日。

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