可愛いと可哀そうは双子

松村由利子さんの歌集『光のアラベスク』を読んでいたら、


 パレアナもアンも健気な前世紀 天涯孤独という明るさに

 いつだって少女は孤児に憧れる可愛いと可哀そうは双子


という歌があって、なつかしい気持ちがした。松村さんの歌集は、本のいろんなところに、本好きな女の子の気配があって、それらの歌の傍らには、子どもの私もいるような感じがして、親しみがわく。パレアナやアンを通してみるとき、天涯孤独は、たしかに明るく見えたのだった。あの明るさは何だったろう。

家族がいても、子どもは孤独なわけだし、パレアナやアンの本がくれたのは、その孤独をまっすぐ肯定してもらえるうれしさだったかもしれない。

放課後の小学校の校舎の裏で、草を編みながら、私はパレアナのように生きられるかしらと、考えていたことを思い出す。

少女たちの、孤児への憧れとは、また別の話だが、
可愛いと可哀そうが、同じだったのは、田舎の祖母たちの言葉だった。
おばあさんたちが、「あの人もかわいらしや」などと言うとき、「かわいらしい」という言葉は、可哀そう、の意味をのせていた。背後には、人生のそれぞれの不幸があって、そこをなんとか耐えて生きているいじらしさへの共感のようなものが、「かわいらしや」なのだった。可愛いと可哀そうはたしかに双子だった。

祖母は、朝ドラで「おしん」が放映されていたころ、おしんを見ながら涙を流し、「わしも同じやった。5歳でお父さんに死なれて、6歳で奉公に出た」と言っていた。読み書きはカタカナだけが、少しできた。祖母はもちろん、私が生まれたときからお婆さんで、戦争で焼けたのだろう、若い頃の写真も何にもないので、祖母の子ども時代や娘時代を、私は思い浮かべることもできないが。
テレビのおしんに向かって「かわいらしや」というとき、祖母は自分自身の子ども時代、娘時代に向けて、「かわいらしや」と言っていたのかもしれなかった。
祖母が、だれかれの可哀そうについて、「可哀そう」ではなく、「かわいらしい」と言うとき、私はいつもすこし、救われる気持ちがした。
「かわいらしい」のもつ自愛と慈愛の響きに、ほっとするというか、その響きなしに、可哀そうを直視するのはきつい、というか。

もしかしたら、可哀そうな人を、不幸や陰惨の側に落ちてゆかせないための、祈りのような言葉が「かわいらしや」であったかもしれない、と。