星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

箱のなかには

実家から送ってもらった箱のなかには、いろいろへんなものが入っていた。どこかに行ったときの記念に拾ったらしい石とか土とか。でもどこのものか、もうわかんない。中学の美術でつくったオルゴール箱はすでに壊れているが、そのなかに入っているのは、死んだ友だちが小学校のときにつくってくれた、たぬき、かもしれないマスコット。それから、小学校からの通知表が一揃い。体育が極端に悪い。あとは、平凡そのもの。中学のときの模擬試験の成績表まである。国語だけ、よい。総合順位は記憶よりもずっと悪かった。高校はこの数字で決まったのだなあ。
卒業証書と賞状。賞状はふたつとも読書感想文。中3の夏なら「風と共に去りぬ」だろう。朗読させられたので、何を書いたか覚えている。高2の夏は辻邦生「背教者ユリアヌス」を読んだが、こちらはもう記憶にない。そのほかに世界史のノート、地学や地理の資料集などなど。
昔、母が何を思ってか買ってくれた桃色サンゴのかんざし。

それから昭和40年代の本だと思う。『世界の人生論』シリーズの見本の本。(本体のシリーズは、我が家の本棚にある)。このシリーズは、『日本の詩歌全集』同様、兄が東京にいた頃に揃えて、持ち帰ったものだ。そして、この1冊は見本なので、中身は真っ白。白い本なのだが、中学生の頃、私は見つけてしまった。そこに、兄が詩を書きこんでいる。
見てはいけないものを見てしまったので、隠しました。そして自分も、その白い本のなかに、こっそり何やら書きこんでいたのだが、あるとき、私は思いたって、全部消しゴムで消したらしい。消したあとがのこってる。万年筆で書いてある兄の詩は、そのまま残ってる。就職して東京に行ったころ、20歳ごろかな。
好きな人がいたらしい。貴女をおもう詩。そういう詩。
見本には、別の紙切れもはさんであって、そこには、人生の躓きと恋の終わりについて、書きつけられていた。
人生の躓きの話は、仕事をやめたことだろう。兄は高卒ながら、超有名な証券会社に就職したのだが、仕事の失敗でやめさせられた、らしかった。以前、伯父が、「わしは会社の人間が、あいつを責めるようなことを言ったときに言い返してやったよ。学校を出たばかりの人間に、博打のようなことをさせて、人生を棒にふらせるようなことをして、おまえらの会社はいったい何だ、と」そのようなことを言っていたので、そのようなことであったのかも。
私の本棚のどこかに、もしかしたらまだあるかもしれない、「夕鶴」の本には、兄あての、女性からのハガキがはさまれている。
目の前にあらわれてくる半世紀前の光景が、切ないような、いとおしいような。
何もかも夢ですね。

それで、押し入れのなかには、兄と同世代の、とても親しかったお兄さんが、大学時代のことを、書き残したようなノートの切れ端もある。うちに居候していたような時期もあったから、そのころに書いたまま、忘れていったのだろう。東京で、ブロバリンを飲んでふらふらしながら大学に行っているような姿が、垣間見える。地元の名士であるような父親との葛藤があり、反発して大学を中退したのだと、ずっとあとに話してくれたことがあった。
その手記もこっそり、私はもっている。そのお兄さんは、もう10年も前に亡くなったのだが。

あの頃、兄たちはまだ20代だったのだ。幼い、と言いたいような年齢だ。

文字。そうだな。文字を運んできたのは兄たちだった。
親たちの世代は小学校しか行かせてもらえず、祖父母の世代は学校にさえ行けなかった、そういう土地の、そういう家庭の、我が家に、文字というもの、秘密とか心とかを抱いた文字というものを運んできたのは、あの兄たちだ。


☆☆

お絵描き。

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 香月泰男美術館の近くに、彼がつくった 玩具の人形を大きくした彫像が何体も道沿いに立っているんだけど、それが大好きで、そのなかの花かごの人形がいちばん好きで、むしょうにそれを描きたくなったんでした。あとは適当に、なつかしいものたちを配置。SLと橋脚の下書きは息子がしてくれた。
つくづくとわかったのは、「絵になる」「絵にならない」という言い方は、実に的を得ているということだ。途中、全然、絵になりそうになかったもん。
……で、絵になったのか。わかんないけど、ここらへんが私の限界っぽい。ま、楽しかった。