ユートピア

翌日は、早朝から息子とパパが、旅に出た。私は寝る。雨が降っていて、予土線新幹線は、線路がすべるので、砂を撒きながら走るのが、ガガガゴゴゴとすごい音がして、アミューズメントパークのようだった、そうである。バスは田舎の道をすごい勢いでがたがた走る。さすがの息子も、2日連続同じルートは疲れたらしい。

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でも午後は、雨もあがって、私たちと、上の叔父と父と兄と、釣りに行く。1時間半ほどだったけど、小あじ33匹釣れた。小鯛(ちいさすぎる)3匹くらいとハゲも。晩のおかずには上出来なので、切り上げて、温泉に行く。
近くの温泉が、故障中らしく、別の温泉に。兄は週に2日、父と釣りの叔父とを車に乗せて、温泉に連れていく。山の中を、どんどん奥のほうへ行くのが、不安だが、忽然とあらわれる、ユートピア。なんとかのお風呂。

兄と釣りの叔父と私は、とっとと風呂から出て、先に帰って、魚をさばく。叔父は天才だね。仕事はやっ。私はもたもたと小あじの皮を剥ぐ。33匹剥いだ。
刺身の美味かったことは言うまでもない。なにこの贅沢。

ところで、この釣りの叔父は、市営住宅に住んでいる。庭の離れの小屋には兄が居候している。いい関係だが、この市営住宅、もうぼろぼろで、台所の床に穴が開いている。そのうえに板を渡して、使っている。家のなかは、布団敷きっぱなし、片付いてない、床は沈む、エアコンもない。それはまあ父の家も同じだが、この家の恐ろしいのは、匂いであった。
違う、臭いだ。釣りをするからだろう、魚の内臓なんかが腐っているのかもしれない、それに人間の汗のにおいや、いろんなものが混ざっているんだろうが、昔、パヤタスのごみ山を歩きまっていた頃のことを思い出したけど、もう、何年も経験したことのない強烈な臭い。叔父も兄も慣れているのか気にならないのか、平然としているが、外にも臭う。苦情来ないかしらと心配になるけど、それよりもこの家、もう人間が暮らしていい状態ではない気がする。

同じボロ屋に住んでも、父はよく片付ける人である。この叔父は片付けられない人である。私は、この叔父と一番親しかったし、よく似てもいる。
たまたま、私がため込むのは紙くずなので臭わず、叔父は魚なので臭う、というだけなのだが。
この市営住宅の建て替えの話があるのかないのか知らないが、新しくなったら、家賃も高くなるので、住めなくなる、という問題も、あるのだ。

夜、高校の時の友だちに会う。役所の出先機関で働いていて、仕事のあと、両親の食事の世話をして、そのあと、コメダ珈琲店まで出てきてくれた。
で、話題はというと、親の認知症の話と、彼女の住んでいるあたりの地域の高齢化のすごさと、医者の高齢化、市民病院で診察を受けるのが大変なことと、地域産業の斜陽と、子どもの貧困(畑あるから食べるものはあるにせよ)。
いや、昔っから、生活保護世帯の多い地域ではあるのだが。

 

「家の娘」という言い方があるのかどうか。実家を離れない、離れてもかえってきて、その家を守っていく役割を担うような女の子がいて、彼女もそのような「家の娘」なのだと思うが、自分のミッションは、老父母を送ったあと、集落の消滅を見届けることかしらと言う。町にもお金がないわけだし、周辺部に電気水道供給して、ゴミ収集してってできなくなるんじゃないかと思うよ、と言う。民営化がすすめばよけいにそうかも。

保険証がない、と年寄が何度も窓口に来るようになると、認知症はじまっているかなと思うらしい。この人やせたかなと、思っていると、まもなく亡くなっていたりする。作放棄地も、人がすまなくなった家も、たちまち山の緑にのみこまれる。滅びの様子の生々しい話だった。

年寄たち、誰がどの順番で死んでいくかしら、という話なんかしながら、誰がどんなふうに後始末つけるかという話でもあるけど、
あれですね。若い頃は若い頃なりに、疾風怒濤だったと思うんだけど、これからが、老いと死を前に、大変な疾風怒濤かもしれないわと思った。

このすごいユートピアで。

兄と、歳くったねという話をしていて、私はもう母の死んだ歳を越えたのだというと、母は本当に若くて死んだんだなとしみじみしていたが、「私が殺したようなもんですよ」と言うのだった。まあ、みんなそう言ってたけどね。

たぶんねえ、母さんは、もうこの子らとつきあうのは勘弁と思ったのよ。もう十分。新しい人生はじめたかったんだと思うよ、母さんが自分で決めたことよ、きっと。だからいいのよ。
と笑った。

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翌日、父が半世紀前につくった、公園の門、切り株をかたどったセメントの門、を息子とみて帰る。夏休みも終わり。