星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

詩誌「みらいらん」5号の小特集「童心の王国」面白かった。
そのなかで、蝦名泰洋さんが、季語と芭蕉の俳句のことを書いているんだけど、途中にはさまれている修道院の僧ベルナールさんの話が、個人的にツボだった。
修道院の庭に花を見つけて、沈黙の戒を破って走り回ってしまうベルナールさんがね。辻征夫のエッセイにあった話らしいんだけど。

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私の郷里の近くの町に、野村学園という知的障碍児施設があって、子どもたちが寮生活を送りながら養護学校(いまは特別支援学校という)に通っていた。私はその施設に行ったことはないけれど、母と弟は行ったことがある。
弟が、言語学級のある校区外の小学校に2年通い、もともとの学校に戻ってきて半年かもうすこし過ぎたころ、弟のクラスの担任が連日のようにやってきて、弟を特殊学級(と当時は言っていた。特別支援級)に行かせたいと言うのだった。授業中に立ち歩く、勉強しない、できない、あれこれあれこれ、つまり、この子がクラスにいて、私はとても困っている、と担任が言うのを、私は隣の部屋に隠れて聞いていた。
当時、発達障害、という言葉はなかったし、相談する先もなかったし、とりあえずおとなしく問題なさげに見える姉とちがって、落ち着きなく勉強についていけない弟のことを、そんなふうに言われて、母がどんなふうに悩んだのか、わからないが、
ある日、母は弟を連れて、その施設を見学に行ったのだった。
あとから、大人たちの話の端々から、私はそのことを知った。町の外に、あの山と川の向こうに、母と弟だけが見た景色があるのだなあと、思った。母と弟だけが、私の知らないはるかさのなかに、旅をした、と思った。
弟が小4、私が小6になるすこし前の話だ。

大学生になったころ、たまたま本屋で見つけたのが、その野村学園の子どもたちが、粘土板に刻んだという詩の本だった。『どろんこのうた』仲野猛編著。谷川俊太郎が帯文を書いている。
ああこれは、母と弟だけが見てきた、山と川の向こうの風景のなかから、やってきた本だと思った。方言の混ざった子どもたちの詩の言葉がなつかしかった。
そのなかに、「花」という詩があって、大好きだった。

 花  丸岡リカ

はな
はな
はな
とった
はい

 

僧ベルナールの話で、この詩を思い出した。それから子ども時代の光景が、雪崩れるように思い出されて、私も駆け出して笑いたかった。
それから、思い出というものを、誰とも分かち合えないことを思った。母が生きていたとしても、それはちがう光景だし、弟がおぼえていたとしても、それはやはり違う光景なのだ。
詩は、あの山と川の向こうの、ある日母と弟がそこにいたと思えばなつかしい気がする、はるかな緑のなかから、花のようにやってきた。

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大塚国際美術館の展示から)

ほかに八重洋一郎「傷痕」の、子どものころの変な感覚、モノが意味を失ってそれが何であるかまったくわからないという感じ、はそれそれそれそれ、といたく共感した。

生野毅「かいじゅうたちのいるところ」は笑ってしまったが、やがてせつなき、という話。70年代、たしかに怪獣たちのいる子ども時代だったなあ。全然興味なかったけど。