星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

ふるさとの訛りなつかし

ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく

石川啄木の短歌ですけれども、この正月の私が何をしているかといったら、私の故郷の人たちの(知らない方たちの)ブログの、町の景色とか、ところどころに出てくる方言とか、そんなものをたどっていたりした。

年末に、じゃこ天送ってくれてありがとうの電話を兄にしたら、ふたりの叔父さんたちと一緒に飲んでるとこだったらしく、何を話すこともないけど、叔父さんたちの声聞いたら、遠い昔のお正月を思い出したりした。私もそこにちょっと飲みに行きたいよと思ったけど、家族おいて帰るわけにもいかないし、家族連れて帰省することもできないし。

子どもだった頃のお正月、年末から従姉の家に集まって(従姉には脳性麻痺のふじこという名の女の子がいて、どこにも出られないから、みんなが従姉の家に集まったのだ)狭い部屋にひしめきあって、飲んで花札して、百人一首もトランプもして、また花札して、飲んで食べて寝て、目がさめたら凧をつくって凧揚げに行く、というお正月。私も小学生の頃から飲んでたし、花札してたし。
もう、帰ってゆけないし、息子を連れてゆくこともできない景色だ。しょうがないんだけれども、あの親しみの感覚を伝えられないのは、やはりさびしい。

もっとも、親ふたりとも、共同体の感覚、などというものの壊れてしまった廃墟のうえに、なんとかつくってみたこの家族という共同体なんだけれども。

あの頃の、ふじこのいた部屋がなつかしいな。