星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

見知らない人たちに

息子、学校から帰ってきて、
お客さんが来ている、という。大人か子どもかときいたら「子ども」と言う。
ということは、あんたのお客で、一緒に遊ぶんでしょ、
友だちの名前くらい言えよ、と思うが、「それがちょっと」と言う。
しょうがないので外に出てみると、
子どものお客さんは、6年生のTくんで、犬を抱いている。飼っているチワワらしい。
なるほど。
犬にあげるお水はこっち、でもお外で遊んでくださいね。
で、遊びに出て行った。

さて、夜、あとはもうお風呂に入って寝るだけ、という時間になって、息子、
「そういえば、ぼく、今日、学校で見知らない人たちにからまれたんです」
と言う。
だれだ、見知らない人たちって。

どうやら、同じ学年だけど、クラスが違うので、名前も顔もよくわからない男子数人に、廊下で取り囲まれて、おまえ、自分のことどう思ってんの?
頭いいと思ってんの?
とか、すきな奴だれだよ、とか、答えられないような、答えたくないような質問をしてくる。なんとか逃げたけど、しつこく追いかけてくるのもいて、体をつかまえられたりした。帰りにもそのうちのひとりが、追いかけてきた、
ということらしいんだけど、

「いままで、いろんな人にいじめられたけど、見知らない人たちにからまれるのははじめてだ」と言う。
ほんとに知らない人たち? と聞いたら、
「ああ、なかのひとりは見たことあるような気がする。同じクラスだったことがあるかもしれない」

まあね、1学年150人って多いけどね。
私もそうだったからわかるのだが、こちらは人の名前と顔を覚えるのって、難しくて、自分のクラスの子も覚えられないほどなのに、
ふつうに他人への好奇心のある子どもたちは、よそのクラスの人のこともよく知っていたりするのだ。

だから、きみが知らなくても、向こうは、きみの噂を聞いてたり、いろいろ知っていたり、関心もったりっていうことはあるんだよ。だから、向こうにとっては、きみは見知らない人じゃないわけだ。いじわるしようと思ったんじゃなくて、気になったということかもしれないよ。

でも、もし同じ人たちにまた同じようにからまれて、いやな気持がしたら言いなさい。犯人の特定をしなければ。

それから息子は、いろいろと思い出したらしく、1年のときはこんなことがあった、2年のときはこんないじめがあって、3年のときはこうだった、と話し出す。私の知っていることもあるし、知らなかったこともある。しゃべりたいだけしゃべらせてやろうと思って、しばらく聞きました。
「よく耐えられたよ」
と言うから、ほんとにえらかったよ、とほめてあげたら、なんだか泣きそうな笑いそうな、ふにゃあっとした顔をした。

3年のときのいじめは、パパとママが校長室に話をしに行ったら、校長と教頭と担任の3人の先生が、申し訳ありませんでした、って頭を下げたんだよ、という話は、前にもしたんだけど、聞く度にうれしいみたいだ。私たちに謝らなくていいから、息子に謝ってくださいってママは言った。だから翌日、担任の先生、謝ってくれたでしょ。
「うん、おぼえてる。でも校長先生と教頭先生からは何にもないよ」
担任が謝ってくれたんだからいいんだよ。教頭先生はクラス分けにすごく気をつかってくれたよ。おかげで4年のときは平和だったでしょ。

それから今のクラスの話になって、とくに乱暴な男子が2人いて、体をつかまえてくるし、先生の言うこときかないし、というのだが、誰が?
と聞いても名前を言いたがらない。
1年の頃からずっとだが、どういうわけか、名前を言うことに抵抗があるらしいのだ。

もしかしたら、人の悪口は言わないんだよと、私が言ったせいかなあ。でも、いじめられたらすぐに言え、とも言っているのだが、たしかに、わりとすぐに言ってくれるが。 名前以外は。

それで、推理する。推理が正しいと、そうそうそれそれ、とうれしそうに言うのだが、こちらは学年の名簿はもちろん、クラスの名簿ももらっていないのである。参観日のときに後ろの掲示物の名前みて、このクラスにはこういう名前の子がいるらしいと見当つけているだけなのだが、

名簿くれないかな。そしたら、「見知らない人たち」にからまれたときに、こっくりさんでもするんだが。