星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

誰がつくってるのか

金曜の早朝、いきなり義父さんやってくる。
来るかもしれないとは聞いてたけど、朝6時過ぎ、鍵かけてなかったんだな、
まだ寝てるのか、と頭上で声。いえ、もう起きますけど。
なんでそんなに早いかって、7時には孫が学校に行っちゃうからで、孫に会いたさに車3時間飛ばして来たけど、寝起きの子どもが、にこにこ機嫌のいいわけはなく、
おじいちゃんはきみに会いたくてきたんだから、公園まで一緒に散歩しておいで、とこっそりささやいて、いつもより早めに送り出したが、
しばらくして公園からもどってきた義父さんが言うには、
「おじいちゃん、みんなが来たら、誰と一緒にいたのかとか、あとからいろいろ言われるかもしれないから、みんなが来る前に帰って」って、言われたんだって。
ま、そういう年頃ではあるけども。
ママと手をつないでいても、角を曲がると、ぱっと手をはなして離れて歩くし。

義父さん、昔の職場の関係者が亡くなったので来た、のだが、葬儀などではなく、遅ればせながら亡くなったのを知ったのでご挨拶に、ということらしいのだが、出かけていった。
それから午後、電話が来て、一緒に晩飯を食べようという。それでステーキハウスの駐車場で待ってるって言う。でも、下校まであと3時間ありますが。
寝て待ってるって言う。
なんていじらしい。

3時間後、帰ってきた息子を連れて行く。よかったね。今日はエアステーキじゃなくて、本物のステーキだ。
それで息子が、食べる。よく食べる。とてもよく食べる。たぶん、ふだんの3倍くらいは食べてる。
これくらい食べさせたら、おじいちゃんも満足ではなかろうか。
それからプレゼントもある、って言う。

「プレゼントってなんでしょうか」と店を出て、おじいちゃんの車までついていった息子、算数と理科の分厚い参考書を見ると、にわかに、がっかり。
ありがとうなんて、もちろん言わず、あとずさりして、もどってくる。
そのあとは、パパがやりとりして、ありがたく貰ってきましたが、

しょうがないよ、おじいちゃん昔、大学の先生だったからさ。
(算数の参考書は、たぶん、私が一個3000円のドーナツの話をしたからだな。楽しい話をしたつもりだったけど、だいたい、意図するところとちがうところで反応されるので、やりづらいのですが、だからって、孫のことが気になってしょうがなくて来たひとに、孫の話をしないわけにもいかないしさ。)
いいじゃん、エアステーキじゃないステーキ食べたし。

それから買い物に行って、何がいるのか、と義父さんにきかれて、
パンと牛乳、
ぐらいしか思いつかず、それだけしか私は言ってないのに、籠の中には、肉や魚やイクラやぶどうやシュークリームや、息子がほしがったんだろう、玩具つきの菓子がどんどん、入っていく。
どうも、ありがとうございます。
それからおじいちゃんは、帰っていった。



エアステーキじゃないステーキ食べたし、エアお寿司じゃないお寿司も食べようか。
それで、今晩はお寿司。おじいちゃんが買ってくれたボラの切り身とイクラと、夏に兄がもたせてくれた冷凍のえびと、卵焼き。
ま、ありあわせ。すぐにできるものしかしない。

「お寿司屋さんのお寿司とちがう」と卵焼きの恰好の悪いのを見て、息子が言う。
あたりまえじゃん、誰がつくってると思ってんのよ。
「……ママ」
そう、ママです。うまくできるわけがない。

ご飯が多いとか酢がきいてないとか、パパも言うのだが、だからっ。誰がつくってると思ってるのかって。

ところで、この恰好の悪い、いいかげんなお寿司を、私は見覚えがある。私の母がつくってくれたのが、こんなだった。

もっとも母はもっといろんなネタを用意したし(タコもイカもあった)、手間も時間もかけていた。あれは、たいそうなごちそうだったのだ。

でもそれを、十代のころの私が、素直に喜んだかっていうとそうでもなくて、母がかけた時間や手間や気苦労に対して、自分を含めて、それを食べる人たちの感謝があまりにもすくないことに、私はものすごく苛立っていた。

母が手をかければかけるほど、私はどんどん苛立って、いっそ、みじめなほどだった。それで弟が、何か文句を言ったりすると、私は殴りたかったし、いま思い出しても殴りたい。

そういえば母を、自分のことで煩わせる、のが耐えがたい一時期があって、参観日や卒業式に来てもらうのもつらかった。なのに日常は、食事も洗濯も母にしてもらっているという矛盾、あのころの自分の、ぐちゃぐちゃの感情の手におえなさ。

つまり。私は私の母さんがつくってたみたいなお寿司がつくりたかったのらしい。

ところで、息子はものすごい勢いで平らげた。いい子だ。
白いご飯はきらいだが、チャーハンとお寿司は好きらしい。えびは食べないが。