帰省の話⑧ 橋と焼肉

15日、お昼はそうめん流しに行こうと兄がいうので、父を車に乗せて、兄の車のあとについていった。
なんでも10年ぶりに行くそうで、その10年のあいだに、高速道路ができて、道の感覚がちがってしまったそうで、要するに、迷いに迷った。山の中の名水百選の水の流しそうめん
ま、四国だから、姥捨て山に行くのかしらというような道のあとに、何かがあらわれてくる、ということはよくあることで、この山を過ぎたら、風情のある店があらわれるのだろうと思いながら、不安を打ち消しながら、兄の車のあとをついていくが、ついに山の茂みの中で、道がとぎれた・・・。

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ここまで来る前に引き返せよ。でも、雨あがりの緑がほんとにきれいで、迷うのも楽しかった。
それから苦労して、正しい道にたどりついたが、今度は盆で混み過ぎていて、山道を車が動かない。名水百選あきらめて、道の駅でごはん食べた。

そのあと市内にもとり、九島に橋をかけるという工事の現場を見に行く。橋脚がふたつほどできている。もう何十年も昔から、橋をかけるという話はあって、ずっと実現せずにいて、なんでまた今ごろ、という感じらしいけど。

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それから夕方まで、息子はまたプールで遊んで、んで、叔父たちふたり(無口な叔父とおしゃべりな叔父がいる)も誘って、父と兄と私たちと焼肉食べに行く。

歩いて十五分ぐらいのところに父も叔父もいるのに、兄弟で会うのは一年ぶりだというのだ。私たちが帰ると兄が幹事になって同窓会するふうですね。

息子がひとりで、兄や叔父たちあいてに、あれこれおしゃべりしている。そういう年頃になったんだね。父も叔父たちも全然似てない個性だが、この年頃で、いろんな個性の大人たちに出会っておくのはいいことだろうと思う。タン塩うまい。ホルモンうまい。喋るのは息子にまかせて、私たちはひたすら食べた。
兄の労働の何日分かを食い尽くした。



翌朝、兄と話していて、橋の話から、昔の選挙の話になって、かれこれ40年前、兄が最初に頼まれて選挙を手伝ったとき、「金ならなんぼかかってもいい」と平然と話しているのに驚いたというのだが、まあその頃はそれがあたりまえだった。そのあとしばらくして、市長や市議がぞろぞろ逮捕されるということがあって、それから、金をばらまくことはなくなったらしい。
「だけど、金でもばらまいてくれたらありがたいよね」とか、「選挙で嘘しかばらまかないよりは、金ばらまいてくれたほうが、助かるし、選挙も楽しいかもね」と、軽口言いながら、ああ、私たちも相当すさんでいる、と思った。



そういえば、給付金の話。父が申請書類を出してきて、面倒なのでいやだという。字が小さくて読めん、とか。名前と銀行口座を記入して印鑑押すだけだが、それが面倒なのだ。
それから身分証明のコピーをのりしろにはりつけるのだが、なんと、父の家には糊がない。「米粒でええか」というが、あいにく炊飯器は空っぽだ。「小麦粉を水で溶くか」というが、もっと簡単に何かあるだろう。さがしたら、絆創膏が出てきた。まあそれでもいいかと思っていたら、ふつうのセロテープが出てきた。貼りつけて封して投函する。

すると2日後、役所から電話がかかってきたらしい。書類の不備だって。父がついにきれた。
「ひとりぼっちの年よりに、むずかしいことさせなや。だいたい、1万かそこらの金のために、年寄りにあれせえ、これせえって最初から気に入らん。そんな金なんかいらんわいっ!!」
長い年月の、日頃からの、役所へのうっぷんというか、役人嫌いの性質というか。
しかし、そんな金なんかいらん、と言えるようないい身分でもないのである。
後期高齢者の証明と通帳と印鑑出してもらう。「私、ちょっと役所に行って、文句言ってきてあげる。」

で、行った。通帳の番号をまちがってはいけないので、通帳のコピーが欲しいということだったらしいんですけどね。
「すみません、父が怒って電話切ったそうで。年寄りは、書類の字を読むのも面倒みたいで」と言うと、わかりますよ、と担当者が言う。
書類の字を読むのも面倒なのは、父に限ったことでないのだが。私も、なのだが。