妄想居酒屋

夜。

ごはんのあとで、息子は本を読みはじめたはず、なのだが、
はさみで紙切る音がする。
また何をはじめたことやら、と思っていると、
「ちょっと来てみて」と言う。
行ってみると、
「どうでしょう。居酒屋をつくってみました」って言う。
机の上に、紙を瓶のかたちに切り抜いたのが、「ラム酒」とか「ウイスキー」とか「ワイン」とか書かれて、並んでいる。
コップまでつくっている。
それで息子は、その妄想居酒屋で酒飲んで酔っ払って、歌っている。
ラム酒をひとびん、よーほーほー♪」

一緒に飲みませんかってすすめてくれるので、居酒屋の客になりますけども、
本、読んでたんじゃなかったの、ってきいたら、
「ええ、読んでますよ」
って飲みながら、読んでる。
「宝島」
……つまり彼は、船乗りたちが、酒飲む場面を再現してみたかったらしいのでした。

しばらく息子とふたり、変な居酒屋で、読書していた。もたされた紙のコップに、ときどき何かが注がれる。
私は、ただもううっとりと、「逝きし世の面影」を読み継いでいる。
すでに滅んだ過去の話とおもうとせつないのだが、読みながら、
いまの文明が滅んだあとに、私はどんなくにで、どんなふうに生きたいかしら、を考える。いまある文明のなかで、と考えると、絶望感との闘いで、それだけですりきれそうな感じがするけど、
この文明ではない、別の文明の可能性を考えることは夢がある。

ドストエフスキーの短編に、自殺しようと思った男が、夢でもうひとつの地球に行く話があったことなども、思い出す。「おかしな男の夢」っていうタイトルだったかな。大好きな話。


息子、風呂のなかでも、
ラム酒をひとびん、よーほーほー♪」と歌っていて、
ふとんのなかから、
「あしたもまた、一緒に飲みませんか」とさそってくれた。

あんた、ほんとにおもしろい。



 しにたいと思う子たちも墓地でなくたとえば宝島に行きたい    

って、こないだ書いたなあ。両吟やってるとき。「天体育ち」の。読み直してみよう。宝島。