エリーゼのために

ピアノ。
壊れたオルゴールのかわりに息子を鳴らしてみる。エリーゼのために
(息子が弾いてくれたってこと)

10歳の誕生日に母が買ってくれたのだった。オルゴール。そのオルゴールに入っていた曲がエリーゼのためにだった。そのころベートーベンなんて名前も知らなかったと思う。黒地に飛んでゆく鶴の絵が描いてあった。子どもに与えるにはずいぶん大人びて、繊細なデザインの宝石箱だったが。
母がそれを、たぶん一生もののつもりで娘に買ったのだろうと思うと、なんだかいじらしい。その箱に入れたものといったら、どこからか拾ってきた石とか、友だちがつくってくれたタヌキのマスコットとか(その子は13歳で死んでしまった)私しか読めない暗号文で綴った秘密文書とか。およそ、宝石とはかかわりなく。オルゴール、もう遠い昔にこわれているが、もしかしたら父の家のどこかにまだあるだろうか。