空は知らない空の名を

  青梅や空は知らない空の名を  蝦名泰洋

近所の家の青梅の小さいのが、ぱらぱら道に落ちているのを、畑の行きかえりに、踏んで歩くと、ぱりぱり音がするのが、いい。
イチゴを摘むときは、実が茎から離れるときにピシッっていう音がする。
いい音なんだ、これが。
音を聞いているのは耳でなく、足裏か指先かのような感じがする。

いちご連日100個を超えて収穫。人にあげてもまだ余る。子どもは飽きているし、食べきれない分は毎日いちごジュース。

Hさんちに、いちごもって水代の相談に行く。こちらが提示した金額は、Hさんが思っていたよりはるかに多く、Hさんが思っていた金額は、私が計算したよりはるかに少ない。ふたりの中間あたりで話はついて、どちらも相手の善意に恐縮したようなことだった。

Tさんの言動は、若いHさんには相当ショックだったようで、もう畑をつづける気力が、って言う。ここにいると顔も見てしまうし。
TさんはHさんをこわいと言ったが、自分こそ、どれほどこわがらせていることか。

よく知らないおばさんに、突然、畑を提供され、水を要望され、畑仕事が楽しくなってきたあたりで、突然また追い出されるのである。

私なにか、悪いことしましたか。

いいえ何にも。Tさんが自分の欲望のままに動いて、他人をふりまわして、でも相手のことなんか考えてない、ってだけのことだから、あなたが傷つくのはばからしい。
いじわるなばあさんだなと、ああいう自分勝手な人もいるんだなと、思っとけばいいよ。ただの自分勝手。
ても、勝手なこと言ってごめんなさいの一言もないんでしょ。相手の姿が見えてない。自分がやってることがわかってないよ。
自分のことしか考えられないんだし、話しても無駄なので、ほっとくしかない。気にして自分の心を窮屈にしなくていい。気にしない。

仕事帰りに山水を汲めるところを見つけたので、それで水代を浮かせようと考えたんだと思うけど、つまりは、畑を自分ひとりで使いたい、ゆずったのが惜しい、ってことだから。

Hさんが、今の畑をそのまま使えるようにできれば、そのほうが便利だしいいなと思ったけど、Tさん話になんないし、嘘ついてまで追い出したいというふうな人とつきあうのもいやだろうから、もし来年の春になってまた、畑やろうと思ったら、私のほうのを半分使ってください。
畑のかたちをしてないし、畑の土になってないし、使いづらいと思うけど、でも何かしら採れたりはするからさ。

というようなおしゃべりをした。

私は、いまTさん見たら、若い子いじめて何やってんのよ、とか言いそうだから、会いたくないですが、パパはやや同情的。

「人間不信だとああなる。そうして自分の世界を狭めていく。しょうがない。それでも、畑にそれだけ夢中になってる。夢中でやれるものが見つかったんなら、やらせればいいんじゃないの。町内会と、持ち主の業者には、状況は報告しとくよ」

言い逃れの仕方も考えておこう。いちごはあれはタヌキが植えたんです。おやつにするんだって。ときどき食べにきています。こっから向こうは鹿が領土にしていて、ふきの下はコロボックルが使ってるみたいだし、トマトもゴーヤも種から勝手に生えてる。鳥が運んできたんでしょう。私知りません。私なんにもしていません。さくらんぼの芽。それはリスが埋めたんでしょう。

給食のさくらんぼの種、子どもが植えていたの、芽が出ている。