星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

「親友」に気をつけろ

言いつけちゃった。夜、ムーミンママに電話。宿題は家でやれと言っているのに、友達にきくとか先生にきくとか言って、やっていかない、とムーミンママも悩んでいるのでした。全部ばらしちゃった。うちの子はもう教えないからね、って。
先生への手紙は、私が書いて、息子が添削した。違うところがあると思ったら直しなさいねと言ったら、ムーミンは、時々は宿題してくるし、漢字は自分でやっている、と書き足していた。追伸で、「みんな仲良く」は無理だと思います。はなれることが生きる知恵ということもあると思います。と書いていた。

さてここにきて、もう一人、難しい友だちがあらわれた。黒ぶちメガネの男の子で、黒ぶちっち、とでもしとこうか、一年生の最初に隣の席で、毎日、息子を叩いていた子だ。絵の上手な子だった。
あのときはお母さんが泣いて謝ってくれて、こちらが恐縮するほどでしたが、4年生でまた同じクラスになった。その頃はもう叩いたりしなかったけど、口が悪いので、チビとかなんとか言われて、息子は無駄に傷ついていたが、とくに問題もなく、その後はクラスも別れた。ときどき「よお」と声かけてくるのが、息子はいまも恐ろしいのだったが、黒ぶちっちのほうは、「仲良くしようと思っているのにどうして逃げるのか」と思うらしい。
黒ぶちっちがどんな子か、私もよくわからないのだが、4年生の授業参観のときに同じ班だったのを見たときは、「おまえこういうこと苦手だろ、おれが発表するよ」と兄貴風を吹かせていた。
もしかしたら、友だちのことを気づかっているようで、自分がいちばんいいところをもっていくという感じだった。
さてその黒ぶちっちが、最近またしばしば、息子に声をかけてくる。しかも仲間を引き連れて。
「よお」と声をかけてくるので「やあ」と答える。「俺たちは心が通じ合う友だちだよな」と黒ぶちっちが言う。嘘だろ、と息子は思う。彼はもう逃げたくてしょうがない。たいてい逃げ去るようにしているのだが、こないだは「じゃあ、さよなら」と息子が言うと、「まだ、さよならしたくないよ」とひきとめられてしまったのだそうだ。

「親友」と言われたら、気をつけたほうがいい、と息子は思っている。「親友」と言う言葉は、「親友だから、おれはおまえに何をしてもいい」というふうに展開すると予感されるのらしかった。

そういえば、私にも昔、「親友」だと言ってくれた女の子がいた。ふたりいた。どうして「親友」なのか、私はわからなかったが、友だちだとは思っていた。「親友なのにどうして私を助けてくれないの。私はこんなにあんたのためにしてあげたのに」と展開したような気がする。絶交するよりしょうがなくなった。

「親友」という言葉を、私はいまもこわくて言えない。そのあとは傷つけあって「絶交」することしかできなくなりそうで。
「友だち」ぐらいなら迷惑でもなく、いたらなくても許してもらえるかもしれず。「友だち」ぐらいがいいと思う。

息子が、「親友」という言葉とともにやってくる人を警戒するのは、正しいような気もするし、息子よ、おまえもか、となんか悲しいような気もする。
もしかしたら、私たちはとんでもない勘違いをしているかもしれない、間違っているのかもしれないのだが。本当はムーミンも黒ぶちっちも素敵な「親友」なのかもしれないし、私の「親友」も素晴らしい人たちだったのかもしれないし、それがわからない私たちこそが愚かなのかもしれないのだが。
それもこれも含めて、きみはきみの人生だし、私は私の人生だよ。