耳なし芳一

数年ぶりに息子の髪を切った。

1000円カットは、髪を吸う掃除機の音が苦痛というので近所の散髪屋さんで2000円払っているのだが、なんか、すぐに伸びるので、2000円しんどい。
でももう伸び過ぎ。ママが切るのでいいよというので切りましたが。
……久しぶりに見る気がする。みごとなおでこ。
後ろがすこし、切り過ぎて薄くなってるところがあるが
……内緒。そのうち伸びるし。

耳なし芳一にならなくてよかったよ」という感想だ。

耳なし芳一にはならなかったが、母親の声なんか、耳にはいってない。
毎日同じことの繰り返しなのに、自分で段取りできない。

とにかくうわずっている、と親の目には見える。
ピアノの音も、書く文字も。ごはんを食べることも。
何かに心奪われて(たとえば、部屋にミニカーを並べるとか、それを動かすとか、そういうことに)、そのほかのどんなことも、それどころではない感じにいい加減に流してしまうか、やってないこともすんだことにして、
一日をすり抜けようとする、最後あたりで、
さぼったこと、ごまかしたこと、 ばれるわけだ。

どうしてばれるの、って、同じ穴のムジナですもん、わかるよ。

息子、さめざめと泣く。
「どうしてこんなぼくなんだろう。字をきれいに書きたいのに、きれいに書けない、嘘をつきたくないのに、ついてしまう。」
さめざめと泣くのが、かわいいなあ。
それはねえ、苦労するんです。

自閉症じゃなかったら、もっと違うのかな」
いや、自閉症でなくても、嘘つきだったり字が汚かったりする。それは別の話だよ。
「生まれ変わって、違うぼくになりたい」
いいえ、生まれ変わっても生まれ変わっても、同じぼくだよ。
「でも、ママはもっと違うぼくがいいでしょ」
まさか。ママはこのぼくがいい。
息子、号泣。

みんな苦労するんだって。
「ママも嘘ついた?」
もちろん。
「でも、ぼくは人よりたくさん嘘ついてるかもしれない。百も二百も。」
ママはぜったいきみに負けてない。

きみは自分のしたいことしかしたくないし、ほかのことめんどくさかったりして、思わず嘘つくでしょ。でも嘘がばれたら叱られるよね。
つまり、嘘ついてもつかなくても叱られるんなら、嘘つかずに叱られることにしようと、どこかで自分で覚悟きめなきゃさ。

「ぼく、何にもない部屋がほしい。そしたら、ほかのことに気をとられないで勉強できるかもしれない」

それは玩具を捨てないと無理だけど、捨てようか?
「それはあんまりだ」
でも、隠しても探すでしょ。それで出すでしょ。ママが見てないと、絶対そうする。でもママがそばにいたら、今度はおしゃべりが止まらないねえ。
台所は食べ物があるし、ほかの部屋は本があるし、何にもないって無理だよ。

「ああ、生きるって、なんてむずかしいんだろう!」
と息子は言った。

ほんとね。生きることは難しいし、きみはすばらしいよ。