星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

いまここにある

夏休み終わって、今日から学校がはじまっている。午後さっそく誰か遊びに来てる。いつもの少年ふたりかと思ったら、いつもの四年男子のほかに小さい女の子がひとりいた。細く甲高い声はあなたでしたか。部屋のちらかりようのすごいのを、見て見ぬふりで二階に退避。
本読む。「チャイルド・プア  社会を蝕む子どもの貧困」。

フィリピンのゴミの山で、もうずいぶん前だけれど、ここにある光景は、貧困も家庭崩壊も虐待も、ほんとうは日本にもあるだろう、ここにあるのは特殊な場所の特殊な光景でなく、いたって普遍的な光景だろうと思ったのだったが。
今度の土砂災害では、2000年にゴミ山が崩れて麓の集落が呑み込まれたときのことをしきりに思い出した。死者の数が毎日増えていくのが、おそろしかった。
遠くのこと、あるいは過去のこと、のはずのことが、いろんなふうに、いまここにあることとして、生々しいが。

それはそれとして、日本の子どもの貧困は、「孤立、孤独」につながるのが、また独特の感じだなあと思う。
貧困は、それだけでも大変だが、それに付随してくる、余分な苦しみが、なんだかとほうもない。