誕生日のコンサート

ハービー・ハンコックのピアノは聴きたい、と思った。
それで行ってきた。コンサートっ!
ちょうど息子の誕生日の夜なので、私と息子とふたりで行った。

ピアノのほかには、ドラムとベースとギターだが、にぎやかに鳴りはじめると、息子は耳をふさいでしまって、あらあ、どうしようと思ったが、なんの、耳を押さえたり、離したり、自分で調節しながら、歓声あげたりしながら、けっこう楽しんで聴いているのであった。

ハービーのピアノソロは、圧倒的だった。静かな曲で、でも鎮魂というふうでもなくて、もっとなんでもない感じ。なにげない一日、なんでもない暮らし、もしかしたら複雑なのかもしれないけど、とてもシンプルに聞こえて、それでいて底知れない。それで、ものすごく快い。

いつまでも聞いていたいピアノだった。

息子は、……寝ていた。「だって子守唄みたいに聞こえたんだ」って。
いいけど。

にぎやかになったらまた起きて、「なかなか楽しかったよ」って感想だった。

それで、会場付近でマンハッタンジャズオーケストラの演奏会が2月にあるっていうチラシをもらって、これも行きたいって、言う。
そんなに行けない。チケット安くない。今日は誕生日だから特別だったんだって。
ママからのプレゼントはこれでおしまい。

ああ、すごいピアノだった。音がまだ胸のあたりで鳴ってる。
なんというか、底なしの空の音。ありのままの自在な音。

私の無為で阿呆な日々も、底なしの空に浮かんではいる。それなら、あの音のような自在さに、快さに、どこかでひらかれていってくれないだろうか。

「ママ、都会ってすごいね。ぼくは都会がいい。ビルも明るいし。懐中電灯がなくても夜道を歩けるし」
と息子がはしゃいで歩く。同じ市内だけど。うちの近所は夜道歩くのに懐中電灯いるけど。
大きくなったら、どこへでも行きなさい。
11月1日、彼は10歳になった。