星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

くじゅな

くじゅな!  くじゅなのことだ。

染色家の志村ふくみさんと、作家の石牟礼道子の対談と書簡集「遺言」という本読んでいたら、おふたりが、天草四郎が出てくる新作能の話で、その衣装の色のことなどを話している。水縹(みなはだ)色、という色の話になり、水縹色は、臭木(くさぎ)という木の実で染めるのですよ、と志村さんが言う。すると、臭木菜は春に葉を摘んで食べるのですよ、と石牟礼さんが応じる。

このあたりで、私の記憶のなかから、なにかがたちのぼってくる。それ、私食べたことあると思う。葉っぱのかたち、臭い、葉っぱをちぎる感触、ゆでて水にさらしていたこと、そういうことの断片がもどってきて、それから閃いた。「くじゅな」のことだ!!
愛媛では、なのか、宇和島あたりではなのか、くじゅな、と呼んでいた。検索する。間違いない。くじゅなだ。臭木っていうのか。たしかに、匂いが強いもんねー。

「くじゅな、摘んでこいや」という父の声が耳に戻り、「摘んでくらい」とこたえる、自分の声も耳にもどる。父の家の裏山へつづく階段と細い山道、そこをのぼっていって、春、あのあたりにたくさんあって、と思い出す。袋いっぱいとって帰ったよ。 えっと、最後に食べたのいつかなー。20年くらい前なのかな。私、くじゅなを梅干し入れて煮たのが大好きで。

このあたりで見たことないんだけど、たぶん山に入って行ったらあるかもしれないんだけど、ここの山は熊いるから、私が山行くというと、パパと息子が大騒ぎするから、蕨摘みも、近所の斜面に生えるのを取るだけでがまんしてるけど。

くじゅな食べたいなあ。

志村ふくみさんが染めた着物を、一度、美術館で見たことがあります。緑のグラデーションの織物でしたけど、ほんとに春の野山のような。忘れがたいですけど。

私、山のなかでひなたぼっこして過ごした子ども時代があったことを、ほんとに幸福と思う。それを息子に伝えられないのが、ひそかに、とても申し訳ない気がする。