星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

バナナ

94年12月にレイテに行ったときの写真が、一枚だけ出てきた。パヤタスの写真に紛れていた。一枚だけ。なぜ一枚だけ。
たしか、タクロバンの港の近くだったと思う。バナナ集積場の写真。
この写真がなかったら思い出さなかった。ふと迷いこんだのだ。バナナがたくさんあるところに。
いろんな種類のバナナがたくさんあった。
このとき着ていた服は、このあたりの市場で買ったのだと思う。このあと長いこと、私の夏のパジャマだった。まだどこかにあるかもしれない。
それから思い出す。
レイテはイメルダの出身地だったから、瀟洒な別荘があった。イメルダは歌が上手だったらしいが、別荘の客間のたぶんほとんどすべての部屋に、マルコスのため民衆のために歌う国母である自分の絵、を飾っているのが、独裁者の妻らしかった。ベッドの上のココナッツのクッションがかわいかった。
たしかに写真があったはずだ。バナナの写真があるってことは。
どこへ消えてしまったかな。捨てたのかな? でもどんな理由で? 何かの間違いで? そういえばこのあと、ミンドロ島にも行った。光るサンゴを見た。その写真もない。
忘れたことさえ忘れていたけど。

一緒に出てきたのは、2000年7月にパヤタスのゴミの山が崩れたときの写真で、事故当日の写真を、現地でもらったものだ。ゴミと瓦礫の山。死体の写真もある。自分が死体の写真をもっているというのはおそろしいのだが、パヤタスの写真なので、捨てられもせず、またごそごそと、しまいこむ。

あのとき、避難センターで子どもたちと遊んだことなど思い出した。その子どもたちが、毎日どんどん臭かった。
でも子どもたちといると、ほっとした。そこには喜びがあったんだ。

子どもが喜びの器であるということを、日頃私たちは忘れているんだけれど。
あの子たちはなんでもないことで、笑って跳んで弾むんだけれど。