夕鶴

雨。
むかし、兄から譲り受けたあれこれの本のなかに、木下順二の「夕鶴」があった。うすい本で、たぶんまだどこかにあるけど、どこにあるかわからない。
その本に、若い頃の兄宛ての、女の人からの葉書がはさまっていて、そのことを私は言わないまま、たぶん今もその本にはさまっていると思うけど。

子どもは親のことをほとんど知らないまま、親の死を迎える、
というようなことを、沢木耕太郎が小説で書いていたかな、 

たしかに知らないままだけど、でも知りたいかというと、そうでもなかったりする、
私がすでに知っていることだけで十分です、と思う。
それ以前のこと、それ以外のこと、誰かに聞きたいとも思わないが、 たまに、
「おばちゃんにおにぎり食べさせてもらった」
とか、そんなことを昔の幼なじみが話してくれたりするんだけど。

息子が何を思ったか、
「ママの身の上話を聞きたい」などと言い出した。
私、したくない。

それで、夕鶴の話をしてやりました。
だからさ、のぞいちゃだめなんだよ。それから、私はぱたぱたと逃げました。 

きみの母の身の上話なんかに、ろくなものは詰まってない。 

「でも聞きたい、でも聞きたい」とわりとしつこいので、
小さい頃暮らしていた家は、部屋にぶらんこがありました、という話とか、
した。そういう話でも、おもしろいらしい。