星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

藪の中

芥川龍之介の「藪の中」は面白い小説だった。10代の終わり頃読んだかな。映画「羅生門」の原作。

息子、国語の長文読解ができない。説明文はまだなんとかなる、が物語文が。
問題集に、林のなかを歩いていく兄弟のお話があって、兄の気持ち、弟の気持ち、など人物の気持ちを問う問題だったのだが、10問中7問ハズレ。
見てみると、選択肢から選んでいるのは、登場人物の、というより、むしろ、自分の気持ち。自分の気持ちにフィットするものを選んで、ことごとくはずしている。
ああ、物語の人物が、きみと同じ自閉症スペクトラムならいいのかもしれないのだが、あいにく違うようだよ。
「だって、他人の気持ちなんてわかるはずがない」って息子は言う。うん、それはまあ、同感なんだけど。

こういう気持ちって書いてないのに、こういう気持ちだろうなって読み取らなきゃいけないのは難しいのだが、でも、文章のなかならば、ヒントになるような描写もあるし、いろいろ読んでいるうちに、そのうちなんとなくアタリがついてくるんだけど。

でも、もしも、言葉でなく文字でなく、実際に、言葉でないところの表現をされたときに、私はそれがわかるかしらと言ったら、わからないと思う。

昔むかし、つきあっていた人に「愛していた」と過去形で言われたときに、「それは知らなかった」と思ったことを、ふいに思い出したけど。私、この人はなんで私とつきあうのだろうと、ずっとわからなくて苦しかったけど、まさか「愛」だとは思わなかった。ああ、しかも過去形。
別れたけど。

息子も、いろいろこれから苦労するかしらね、と思う。



さて、息子とムーミンとの自販機ごっこのその後だが、翌日ムーミンは、「ごめん、話さないのはつらい」と言ってきたらしい。息子は「わかったけど、もう縁を切りたいと思う」と答えたらしい。
それからふたりとも話していない。

夕方、ムーミンのママからお電話で、いろいろ話す。
「犯罪だよ」と低学年が言って、「犯罪じゃないよ」とムーミンが言ったのは、ムーミンが自分の悪事を隠そうとしている、と息子には聞こえたが、実際は、Sが息子のポケットにお金を入れるふりをしたことで、息子が泥棒呼ばわりされそうになったのを、ムーミンがかばってくれたのだった。
泥棒のぬれぎぬを着せられるのではないかという怖れをもたらしたのは、ムーミンではなく、むしろSの悪ふざけと、低学年の「犯罪だよ」という言葉の作用のせいかもしれない。

でも息子は、もう、つきあうのに疲れてしまったというし、一緒に遊んでいただけなのに、悪くとられて絶交されて、心外だ、というのがムーミンの感情、のようだ。

子どもら幼いし、それぞれ視野も狭いし、まあこういうこともあるわねえ、互いにいじわるするんでなければ、しばらく距離を置いてもいいよね、と親同士はのんびり会話した。もっともムーミンは以前にもお金をめぐって友だちとトラブルになったことがあるらしく、しばらく、お金をもたせてもらえないことになった。

でもムーミンは、ほんとにきみと一緒に自販機ごっこをしたと思っているようだよ、と息子に言うと、ああそういえば、と息子は思い出したらしい。ムーミンは最初、お金あげるからミニカーでも買いんさいって言ったんだ。いらないよと断っているうちに、自販機ごっこになって、それはそのほうがましだから、ミニカー買えとかまた言い出さないようにと思って、ぼくは自販機ごっこを笑ってみていたかもしれない。

なんか、藪のなかからいろいろ出てくる。