星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

老人ホーム

いい天気。昼前に家を出て、それはもう十分余裕をもって、市内に向かったんだけど、行楽日和のせいなのか、車が多い。途中でデパートのフードコートでお昼ご飯したけど、そこも座席確保がたいへんなくらいいっぱいで、街は疲れるなあ。
子どもはでも、渋滞とか雑踏とか好きである。都会っぽいんだって。家でも、アマゾンの段ボールや牛乳パックをビルに見立てて、それらを林立させた隙間に、ミニカーを何十台も並べて、渋滞させて楽しんでるし。

で、ご飯のあと、Fおばさんの家に行って、おばさん乗せて車椅子積んで、Fおじさんの入所している老人ホームに向かう。
途中、お花見もできればいいかなと思ったけど、桜もう散り始めているのね。うちのあたりは今が満開だが。
「ああ、山が見えた」っておばさんが言う。おばさんの家からは、山も海もなんにも見えない。そうだなあ、私、東京にいたとき何がつらかったって、山が見えないことがつらかったなあと思い出した。八王子に引っ越したとき、駅の窓から山が見えて、もしかしたら生きていけそうかな、と、ちょっと勇気出た。

老人ホームは山のなか。おじさんの部屋はふたり部屋。新しい棟のほうはこぎれいなんだけど、おじさんの部屋は古いほう。のぞいたら、おじさん、ちょうど食事を終えたとこみたいだったんだけど、すわったまま、ふりむくこともできずに、口もとからよだれを垂らしたままでいる生気のない姿に、胸がつまった。部屋がまた、狭くて汚れてて。

「以前は、来ると掃除したり洗濯したりしたけど、もうできない」っておばさんはいう。勝手のわからない私が手出ししても、かえっておばさんを煩わせるだけなので、食器は片付けて、でも少しばかし汚れた床は見て見ぬふりをする。
おばさんの差し入れのジュースとお菓子を渡す。おじさん耳も遠いが、もうほとんど話せない。それでもやりとりしている間に、少しずつ顔に表情がもどってきて、ああ目の前にいるのは、廃人のような老人ではなく、私のよく知っているFおじさんだと気持ちが落ち着いてくる。「お父さんは元気か」と不自由ななか絞り出すような声で、私の父のことを言う。
うん、元気よ。……って、そういえば去年から電話してない。
子どもが、「ぼく3年生になりましたよ」と話しかけると、このふたりはどっか通じているのである。おじさんの表情が少年みたいになって、子どもとウインクでやりとりしている。

おじさんにもたせているケータイがさっぱり通じないとおばさんが言うので、パパに見せたら、これはボタンが壊れかかっているって言う。おじさん、指が思うように動かない、だいたい話せないのにケータイあってもしょうがないので、「お父さん、これ壊れてるからもって帰るね」っておばさんが言うんだけど、おじさん、手放そうとしなかった。
帰り際、おじさん、子どもと握手して、たぶんそれはほんとにうれしかったんだろうと思う。

きれい好きのおばさんが、ほんとにきれいにしていた部屋のなかにすわっていたおじさんが、いまは老人ホームの、陰気な部屋のなかに汚れたままですわっていて、もしかしたら、これが生涯の最後の居場所になるのかと思ったら、やっぱりせつない。
「服も靴下も、できるだけいいものを、と思って届けるんだけど、ほかの人のと一緒になってわかんなくなるんじゃないの、なくなっているし、死んだ人の服じゃないのかなあ、見たことのない服を着せられていたりする」
とおばさん。「それでも、面倒をみてもらえるのはありがたいわ。以前は、家に帰りたがったけど、もうそれも言わなくなった」

老人ホーム出て、どっかでお茶しよう、天気がいいから、海でも見ようか、ということで、港に行く。
「ああ、海だ」っておばさんが言う。
海と山見せたぐらいで、こんなに喜んでもらえると思わなかった。
おばさんは、車椅子に荷物を載せて、それを杖代わりにして歩いているんだけど、その車椅子に、私の子どもがちゃっかり乗っている。めまいしそう。
降りなさいって言ったら、「いいわ、いいわ」って笑う。

家族の話とか、お金の話とか、昔の隣人たちのこととか、海見ながら、あれこれおしゃべりするが、生きることは、いまわの際まできびしいなあと、思った。
おじさんが老人ホームに入所したので、おばさんち、生活保護が一人分になった。でも家賃はこれまで通り出て行く。するともう、なんにも残らない。ガス代の節約のために、お風呂は月2回ぐらいしか沸かさないって言う。
連休は四国に連れてってあげるから、温泉に行って、1年分お風呂に入ってこよう、ってことにした。

おばさん、私の父に電話かけてくれていたそうである。「お父さん、まだ生きてるわよ。元気よ」って笑う。どうもね、電話嫌いに加えて、親不孝な娘で。子ども連れて帰ると、父や兄や叔父たちがわらわらと集まってくるので、なかなか仲のよい一族だと勘違いするが、ふだんは近くにいても男たちまるで行き来しないみたい。死なれたり別れたりで男やもめばっかり。
また、釣りしようって、誘ってみようかなあ。

子ども、大きくなってかわいくなくなったら、あんまり役に立たないかもしれないが、いまは小さくて、そこそこかわいいので、年寄りたちをしあわせにする。いまのうち、連れ回しておこう。
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