青い夜道

たまさか思い出して、思い出した詩を読みたくなって、本棚の埃の奥からひっぱり出した。(ああ、これをもとにもどすのがたいへんだ)

中央公論社 日本の詩歌」24(丸山薫 田中冬二 立原道造 田中克己 蔵原伸二郎) 昭和43年の初版本。
この本。
年の離れた兄が、都会から帰ってきて一緒に暮らし始めたときに、持って帰った全集だった。小学校6年の冬、薄紫のきれいな本にどきどきしていたら、年上のいとこが、半分以上ももっていってしまった。本がなくなってると気づいたときは、涙が出るかと思った。
おまえが読みたかったの。悪かったね。残った本はあげるから。
兄はそう言って、それで私のものになった残りの本のなかで、一番最初に好きになったのが、この本だった。人生で最初に呼んだ詩集。
ページを開いたら、それだけで泣きそうになる。12歳の冬の、わたしたちの家がまだあった頃の、もう死んだ人たちがまだ生きていて、
風が吹くと窓ガラスが鳴る家で、
夜中にこっそり起きて、
あのころに開いたのと、おんなじページを開いて、おんなじ詩を読んでいる。
おんなじようにどきどきする。


   青い夜道 
          田中冬二


いっぱいの星だ
くらい夜道は
星空の中へでも入りそうだ
とおい村は
青いあられ酒を あびている

ぼむ ぼうむ ぼむ

町で修繕した時計を
風呂敷包みに背負った少年がゆく

ぼむ ぼむ ぼうむ ぼむ・・・

少年は生き物を背負っているようにさびしい

ぼむ ぼむ ぼむ ぼうむ・・・

ねむくなった星が
水気を孕んで下りてくる
あんまり星が たくさんなので
白い 穀倉のある村への路を迷いそうだ



   のちのおもひに
             立原道造


夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
──そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう