「この世で自分は何をしているのだろうかと考えた、Kaは。雪は遠くからいかにも惨めに見えた。自分の人生もいかに惨めなことか。人は生きて、疲れ果てて、やがて何ものこらない。自分がなくなってしまったかのように感じる一方、存在していると考えた。彼は自分を愛していた。彼の人生が歩んできた道は、愛と悲しみがついてきた。(略) 
こうしてKaは、人生において霊感を得た瞬間にのみ幸せになることができる真の詩人たちが聞く、あの魂の深みからの呼び声を聞いたのであった。四年間の空白の後で、初めて詩が頭に浮かんだ。その詩の存在、その雰囲気、その旋律、その力強さは確固たるもので、心の中が幸せな思いでいっぱいになった。」 オルハン・パムク『雪』

……と書かれたら、その詩を読みたいよねえ。でもその詩は書かれてない。詩のタイトルは「雪」というの。その詩を恋人に読んでやるの。恋人は、とてもいいわ、ってほめるの。でも、その詩は書かれてないの。

オルハン・パムクの「雪」という小説。
イスラム主義と欧化主義の対立が激化するトルコの田舎町を舞台にした小説。主人公のKaは詩人なので、詩を書く。「雪」とか「隠されたシンメトリー」とか「星たちの友情」とか。どんな詩を書いたかという一覧まである。
でも詩そのものは載ってないの。

  降りながらみづから亡(ほろ)ぶ雪のなか祖父(おおちち)の瞠(み)し神をわが見ず         寺山修司

という短歌を思い出すけど。

神をめぐる対話の、
「しかしその神はここで、あなた方の間にではなくて、外で、誰もいない夜に、暗闇の中に、社会ののけ者の心の中に降る雪の中におられます」
というような、どうってことない台詞に、慕わしさを感じたりしている。

寒いので、そうして私は肩が痛いので、怠け者を決め込んで、日がな台所のガスストーブの前にいて(この冬は、ガス屋さんが売りに来たこのガスストーブに救われている)、本読んだり居眠りしたりしている。

この世で自分は何をしているのだろうか。
ほんと。