秘密基地

ぼくは孤独がすきなんだ、
って言ったのはムーミンのお話に出てくるスナフキンだが、
「いいんだ、ぼくはそんなに孤独が好きじゃないしね。」
って、自分にはまだ家出する実力がないとさとったらしい子どもは言った。

うん。でもきみはいつか家出しなくちゃいけないし、家出する実力を身につけなきゃいけない。
さしあたっていま、きみはどこへ家出できるか。
思わず考えているうちに、なんだかあれこれと思い出した。
あれこれの秘密基地のこと。



秘密基地がほしかった。
最初は机の下だった。幼稚園のとき。それから押し入れ。
それから、「小公女」を読んだ小学校1年のときに、屋根裏部屋、にあこがれた。

裏山の木々とは仲良しだった。松の根っこのからみあって、すわりやすい場所。
山のなか歩き回りながら、この枝とこの枝を柱にして、小屋をつくって、ということを考えていた。暮らすとすると、水がいるから、ため池をつくる、とか。……実現できる力がなかったんだけど。

小学校4年のときに「アンネの日記」を読んで、隠れ家、という言葉にとりつかれて、どこか隠れる場所を、探した。
古い木造校舎には、昔の宿直室がのこっていて、押し入れがあった。その押し入れの天井板が外れて、天井裏にのぼれた。しばらくの間、昼休みと掃除時間をそこにもぐってすごした。
古い講堂が残っていて、そこは舞台の裏に穴があいていて、そこから床下にもぐれた。床下はけっこう高さがあって、私は小さくて通気口からも出入りできて、放課後、暗くなるまでそこで遊んだ。このときはひとりじゃなくて、あとふたり女の子がいた。一度、ひとりがマッチをもっていて、ろうそくもあったのか、紙くずだったかおぼえてないけど、火をつけて、それがすぐに消えなくて、焦った。くつで踏みつぶしたら消えて、ほっとしたけど、それからまもなく、講堂の床下の遊び場所を私たちは放棄し、もう一緒に遊ばなくなった。あの火遊びで、何か、傷ついてしまったんだと思う。

裏山の一画は数年来工事中で、くずれた斜面をダンボールを尻に敷いて滑り降りるのは、お気に入りの遊びだったが、その山の空き地に、大量の段ボールと赤いソファーセットが捨てられているのを、あるとき見つけた。
そのソファー4つをくみあわせて、上に段ボールをのせたら、小さな小部屋ができた。近くの女の子たち、4人ほどの遊び場所になった。あるとき風がふいて、屋根が全部とばされていたので、今度は、釘とかなづちをもってのぼって、板きれも拾って、屋根を打ちつけてとばないようにした。古い毛布ももちこんで、休みの日はお弁当もって、ひきこもりに行ったが、あるとき、よその男の子たちにのっとられてしまった。ほかの女の子たちはもう飽きてとっくにいなくなっていて、私はひとりで取り戻しに行くことができず、かなしく見ている間に、ソファーセットの小屋は崖をすべり落ちて朽ちていった。いつのまにか。
あれは何年生のときだろう。5年生か6年生。

家の前の空き地は建築資材置き場で、円錐形にくんである木材の途中のところに、ひろってきたコウモリ傘をかけたら、屋根になった。床には板きれ。夏休みのある日、母に叱られて早朝家を飛び出して、夕方までうろうろしたあげく、家には帰らず、その資材置き場に泊まることにした。年上の女の子が、床に敷く新聞や、枕代わりのまんが雑誌や蚊取り線香をもってきてくれて、寝る準備もととのったが、隣のおばさんに見つかって、連れ戻されたね。

中学校で図書委員だったとき、土曜日の係は放課後30分くらい図書室をあけていればよかったんだけど、私は夕方まで開けていて、外からは見えない片隅でひなたぼっこしてた。親しい友だちだけが開いていることを知っていて、ときどき遊びにきた。赤毛のアンのシリーズがはいったのを、順番に読んでいった。自分が次に読みたい本は、ほかの人に借りられないように、隠していたんだけど、ときどき誰かに見つけ出されていた。ばれていたのかな、やがて土曜日の係をはずされて、そのうち土曜日の係がなくなった。私は土曜の午後の隠れ家をなくしてさびしかった。

玄関横の3畳の部屋は、台風で床上浸水したあと畳がなかった。板敷きのままのそのうちの2畳が私の勉強部屋で、寝るとき以外はそこにもぐって中高生時代を過ごした。あの狭さは、それはそれで快適だったのだ。



思うに、秘密基地なしに、生きてゆけない。かばんのなかの大学ノートの日記帳は、頭のなかの秘密基地だった。

いま、子どものランドセルのなかの自由帳では、秘密基地どころか、秘密の街が不気味に増殖をつづけている。



思うに、家出しても家出しても家出にあこがれ、帰りついても帰りついても、まだどこかに帰りたい。

とりあえず、子どもは元気に遠足から帰ってきた。
私は畑に行ってこよう。

昨日の畑。
いちごがもうすこし。Img_4399 

グリーンピースももうすこし。Img_4400 






フキの葉の下は、コロボックルの秘密基地。
Img_4402