星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

空とぶ船

土曜日だけど参観日。
教室の壁に、空想の絵、が貼ってある。Img_4759 
子どものは、これ。


「船長がいつの間にかねむっていたら、エンジンの圧力が上がって、空をとんだ話です。」って書いてある。

エンジンの圧力、ねえ。……私には使えない単語を、子どもが使っているのを見るのは新鮮だ。

だけど、たったこれだけの色をぬるのに、どうしてあんなにパレットを汚さないといけないのか、水に流れた絵の具の量のほうが、紙に塗られた絵の具の量より断然多いよなあ。

参観は音楽の授業。夏も近づく八十八夜…トントンっと遊んで、リコーダーは、ソとラとシの音。ラシラソラララー♪ とか吹いてる。


☆☆☆


ネットのニュースで見かけた。
紫陽花革命だって。昨日の官邸前のデモ。4万人?

すこし動画を見たけども、「原発推進」って叫んでたのは在特会なわけね。
それが、原発に反対するのは人殺し、原発反対なら日本を出て行け、って叫んで、朝鮮人慰安婦っていうのは、日本の男から金をむしりとるたちの悪い売春婦だって、叫ぶんだな。このレイシズムの発言は、民族差別禁止法のある国なら逮捕されると思うけど。
やがてそれも聞こえなくなり、「再稼働反対」の声が圧倒的に大きくなる。

運動の核にあるのは、黙っていたら殺される、という直感のようなものだと思う。国はわたしたちを守らない。権力は私たちを犠牲にして平気だ。ということを、あるいは骨身にしみて、あるいはぼんやり、感じてきている。
黙っていても、それなりにいい方向へ向かうだろうとは、いかに鈍くても、思えないのではないか。

ぼんやりしていても、飢えずにいられたんだけど、私たちは今まで、それなりに。

小田実を思い出した。

メモ。『オリジンから考える』
http://yumenononi.blog.eonet.jp/default/2012/01/post-6159.html

原発擁護、推進、反原発脱原発、禁原発、反原発に反対、いろいろ耳にしてきたんだけれど、どんな考えをもつか、ということは、デモス〈小さな人間〉として私はどうするか、どこに倫理の根を置くのか、が問われているということだと思う。

倫理の根がなかったら、デモスはなしくずし。権力になぎたおされる、と思う。権力に倫理は期待できないし、倫理のない世界で、生きるのはいやだ。