星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

幻のえにし

幻のえにし     石牟礼道子


生死のあわいにあればなつかしく候
みなみなまぼろしのえにしなり

御身の勤行に殉ずるにあらず 
ひとえにわたくしのかなしみに殉ずるにあれば 
道行のえにしはまぼろしふかくして
一期の闇のなかなりし
ひともわれもいのちの真際 かくばかりかなしきゆえに 
煙立つ雪炎の海を行くごとくなれば 
われより深く死なんとする鳥の眸(め)に逢えるなり
はたまたその海の割るるときあらわれて 
地(つち)の低きところを這う虫に逢えるなり
この虫の死にざまに添わんとするときようやくにして 
われもまたにんげんのいちいんなりしや 
かかるいのちのごとくなればこの世とはわが世のみにて我も御身も 
ひとりのきわみの世を相果てるべく なつかしきかな
今ひとたびにんげんに生まるるべしや 生類の都はいずくなりや
わが祖(おや)は草の親 四季の風を司り 
魚(うお)の祭りを祀りたまえども 
生類の邑(むら)はすでになし 
かりそめならず 今生の刻(こく)をゆくに 
わがまみふかき雪なりしかな

(『遺言』(志村ふくみ、石牟礼道子 対談と書簡)より 初出『天の魚』)

石牟礼道子1927年生まれ、とあるから、私の母より2年早く生まれた人だなあと、ふと思う。この詩、初出は『天の魚』の序詩だから、40代のころ書かれたものなのか。

今年、私は母が死んだ齢に追いついてしまった。
あと数日で追い抜いてしまう。 なんかへんな感じだ。
思いがけない未知の領域に、踏み出してしまう、という感じ。

母さんはもうじゅうぶんだったんだろうと、18歳の私は納得したんだったけれど、
この世にもこの家族にもこれ以上つきあわせるのは気の毒だったから、
逝ってもいいよと、どこかでわかっていた気がするけど、

なつかしく候。

不肖の娘はまだ、死んでもいい場所まで、たどりついてないので、母より長く生きます。