星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

『わたしたちの涙で雪だるまが溶けた(子どもたちのチェルノブィリ)』⑤

『わたしたちの涙で雪だるまが溶けた(子どもたちのチェルノブィリ)』⑤

第五章 時限爆弾


☆スベトラーナ・ジャーチェル

「恐ろしい不幸の出現という鮮烈な記憶は、いつまでも私たちをおびやかし続ける。この悲劇に終わりはない。それでも私たちは希望を胸にすべての報道をすみからすみまで読む。チェルノブィリの真実を知るために。そしてすべてがもう過去になったのだと確信したいがために。

 人はときに自分をだましたい時がある、生きていくために、自分に嘘をつく。だがそうすることは、チェルノブィリを再び生み出す可能性があるということなのだ。」



☆エレーナ・ジグノーバ(16歳)

第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちてきて、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。 聖書「ヨハネの黙示録」より


「私はよく将来のことを考える。今、十六歳だ。いつかだれかを愛し、だれかに愛されるようになるだろう。幸せになりたい。だが、私に健康な子どもができるだろうか。これからどんな運命が待っているのだろうか。私は放射能汚染地区に住んでいる。放射能は目に見えない、匂いもない。しかし、すぐそばにいる。私は汚染された空気を吸い、ビタミンのかわりに放射能がたくさんつまった果物を食べている。(略)人々は絶望に陥っている。私たちみんなの願いはただ生きぬくことだけである。

 チェルノブィリの問題は半分忘れ去られようとしている感じがする。(略)私たちは誰かの怠慢で起こった事故の罪のない犠牲者である。現在、私たちは心の冷淡さに遭遇している。」


☆ビクトル・トロポフ

「僕たちはチェルノブィリの事故の後、多くのことを考えさせられた。僕個人も、考えざるをえなくなった。善と悪と正義の問題である。チェルノブィリは、われわれの動物性、無責任性、すべての分野におけるプロ意識の低さをさらけ出した。さらにそれは、厚かましさと低い道徳性がどこに行き着くかを示した。(略)チェルノブィリの事故の前には、エゴイズム、無関心、無責任が強まっていたし、指導部には指導力が欠如していたし、不道徳な考えもはびこっていた。「上のほうは何でも知っている。われわれはノルマを達成するだけだ」と。チェルノブィリは、その総決算なのである。」

チェルノブィリの焚き火のまわりで手をかざすことは、最高に不道徳なことである。」

「僕の運命において、チェルノブィリとは時限爆弾なのだ。暇なとき、このことについて考え出すと全く恐ろしい。」


☆ビクトリア・コズローワ

チェルノブィリでの突然の事故は、一瞬にして未来を全部消し去り、鉛のような重さで人々をおさえつけました。ここ数年、子どもが甲状腺腫瘍の病気にかかる割合がこれまでにない高さで記録されています。二十二倍の高さです。このただのそっけない統計の影に、どれだけの具体的な苦しみがあるのか想像できますか。」

「その日は暖かかったので、姉は袖なしの胸の開いたワンピースを着ていました。二年後、姉は乳腺ガンで死にました。(略)家族のものが死ぬと、自分のまわりの世界が崩されるような気がします。だけど、そういう気がするだけで、実際には、生きているものを心配する人がいる限り、生命は続くものなのです。しかし、ゾーンは違います。」

そこでは悲しい村々があわれな音をたてる
そこは 夜ごと 哀愁がうなる
カッコウの涙がもの悲しげに
毎朝 草原で ひかっている
笑いが忘れられ 冗談も忘れられた
小道には草が生い茂る
そのどこか目にみえないところに
土のうえに
魂が張り付いている



☆タチアーナ・オクチオノック


チェルノブィリ 原子のパーティ
私のふるさとへの 死の贈り物
汚染地図には おまえの残した爪跡が見える
学校のノートに書いた地図には
真っ白なページに 無数のしみが浮いている
どこをめくっても 死に絶えた川ばかり
どこをめくっても 破壊された森ばかり
そして だれも 居なくなってしまった村
独り身の老婆たちの もの悲しい泣き声
こんなことが永久に続くのだろうか
この不幸からの救済はないのだろうか


ベラルーシにあるいくつかの食品加工工場は、以前はラベルに住所を印刷していたが、今では、あいまいな「アグロプロム(農工複合生産)」という文字に置き換えられてしまった。また、あからさまな偽造の場合もある。たとえばゴメリで製造されているマヨネーズの缶に、モスクワ製と印刷したラベルを貼っている。今ベラルーシの人は、自分たちが食べる食品を選択することができなくなっている。チェルノブィリが招いた恐ろしい結果について、新たなことを見たり聞いたりするたびに心が痛む。」

「あの悲劇の四月の朝から、八年が過ぎた。(略)でもチェルノブイリの悲劇は、人々の心を痛めつけている。人々は神経質で怒りっぽくなっている。」


☆ビクトリア・ルゴフスカヤ(16歳)

「私が、最初にチェルノブィリが本当に恐ろしいものだと理解したのは、隣のおばさんの話からだった。おばさんは涙ながらに、彼女の姪の葬式に行った話をした。彼女の妹の小さな娘は病院で白血病のために死んだそうだ。(略)この日、私ははじめてチェルノブィリの意味が分かった。それは放射能であり、白血病であり、ガンである。(略)私の知り合いが、悲しいことに有名になってしまったミンスクのボロブリャン(腫瘍学研究所があるところ)で実習をしたときのことを話してくれた。

「病院をかけまわっている子どもたちはまるで宇宙人のようだ。髪はなく、まつげもなく、顔には目だけ。ある男の子は骨に皮がついているだけ。体は灰色だった。最初は避けていたが、あとでは慣れてしまった。」

慣れた……。私たち、みんなが慣れてしまったら、この先どうなるのだろう。誰かの怠慢で原発が爆発し、海や川や空気を汚し、人が死んでいくのに慣れてしまうとしたらどうなるのだろうか。」

「「人であるということは、自分自身の義務を意識することである」とフランスの作家サン・テグジュペリが言った。そのとおりだ。危険に直面するとき人の無責任と弱点は、全人類に災害や事故や滅亡をもたらす。(略)有名なポーランドの批評家スタニスラフ・エジ・レッツが言ったことを思い出してみよう。「人類の手にすべてがある。だからこそよく手を洗うことだ」と。」


☆オリガ・セメンチュック

チェルノブィリとは、通学路で見る梅雨にぬれたアスファルトの道、空、木々、そこで騒いでいる鳥など美しいものすべてが、死にさらされていることを信じないように自分をだまし続けることなのだ。」

チェルノブィリとは、恐ろしいほどの苦痛であり、魂の退廃のことである。」

チェルノブィリとは、恐怖。未来に対するあらゆる恐怖のことである。チェルノブィリの体験は、森やきれいな水や、空までをも疑わせる。いま、医者に行くのが恐い。だって、検査のあとで医者から何を告げられるのか。放射能の目に見えない攻撃は、すぐにはふりかかってこないにしても、確実に続いているからだ。」

チェルノブィリとは、絶望や不気味な予感がまるで鋼鉄のペンチのように心をしめつけること。」

チェルノブィリとは、多分、地上で行われたすべてのことへの母なる大地の恐ろしい復讐である。私たちの父や祖父たちの償うことのできぬ罪業、母なる大地への数十年にわたる愚弄、果てしない偽りに向けられたものだ。私たち自身が七十年も取りつかれたようにチェルノブィリに向かって歩み続け、原子炉の爆発へとたどり着いた。他でもない、われわれ自身がこの悲劇の罪人なのである。」


☆ビクトル・ブイソフ(15歳)

「日本を占領したアメリカ人は原爆投下とその犠牲について報道することを禁止し、ヒバクシャ問題は日本ではタブーとなった。しかし、時がたつにつれ事態は明らかになり、今では全世界がこの恐ろしい出来事をよく知っている。」

「ぼくのクラスにアリョーシャ・メリニコバという女の子がいた。彼女の両親は新しく木の家を建て、その家に三年ほど住んでいた。アリョーシャが発病した。保健所が放射能測定をした結果、彼女の家の放射能濃度は基準を超えていることがわかった。その家は、苔の上に立てられており、その苔が放射能に汚染されていたのだった。」

「(広島・長崎と)同じように人々はチェルノブィリとその悲劇をも忘れないようにして欲しいものだ。真実を語ることを禁じられたことを忘れてはならない。あざむかれて、野外の太陽のもとで祝日の行進に参加させられたことを忘れてはならない。そして、ベラルーシ人、ロシア人、ウクライナ人に対し、真実を隠した人の名を公表してほしい。真実は決して隠したり、地中に埋めたりしてはいけないものなのだ。」