星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

ベン・シャーン展

Img041 岡山へ、ベン・シャーン展を観に行ってきた。
http://www.pref.okayama.jp/seikatsu/kenbi/exh_shahn.html

ベン・シャーンは大好きで、どうしても見たかった。
縄跳びする少女の絵を最初に見たのは、新聞の文化欄だったと思う。30年くらい前、私はその白黒の小さな写真を模写した記憶がある。色がわからないのは適当に想像して。カラー図版を見たのはそれから何年もして画集を手に入れたとき。
塚本邦雄の「少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ」の短歌を読んだときに思い出したのも、この絵だった。
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解放、という絵。これも大好きな絵で、本物を見れてうれしい。
解放、けれど少女たちの表情が語るのは、虚無や疲労や貧困の日常のなかに投げ出されているということ。瓦礫の細部も、壁の絵の細部も、心にしみた。

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ベン・シャーンが撮った写真も展示されている。
貧しい母子の写真なんか、ゴミ山の麓の人たちの姿を思い出す。今はゴミの山にものぼれないし、周辺のスラムも勝手に歩けないし、写真も撮れないんだけど、以前は自由にほっつき歩いてた。
写真、整理しようと思っては忘れているが、あの頃、不思議ななつかしさと、いとおしさのなかを、歩いていた。



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リルケの「マルテの手記」に寄せた版画。「マルテの手記」は高校生のときに読んで、何が書いてあるのかさっぱりわからなかったのが、大学生になって読んだら、心臓が声あげて泣きそうになって、驚いた。
「一行の詩のためには……」のあとに、短い言葉と、一枚の絵。

一行の詩のためには……
 多くの都市を
 多くの人々を
 多くの事物を
 禽獣を知らねばならぬ
 飛ぶ鳥の姿
 小さな草花のたたずまいを
 まだ知らぬ国々の道を
 思いがけぬ邂逅
 遠くから近づいて来るのが見える別離
 少年の日の想い出を
 心を悲しませてしまった両親を
 少年時代の病気を
 しずかなしんとした部屋で
 海辺の朝
 海そのものの姿
 星くずとともに消え去った旅寝の夜々
 愛にみちた多くの夜の回想
 産婦の叫び
 死んでゆく人の枕もと
 白衣の中に眠りおちて恢復を待つ産後の女
 死者の傍らで
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想定外だったのはこの絵。言わずとしれた「ラッキードラゴン」シリーズで、この絵が展示されていることも知っていたんだけれども。
絵は私よりも大きかった。それで、絵の前に立ったとき、体がふるえた。おじけづいた。どうしようと思った。
ここにある肉体は、抽象とか象徴とかそんなものでなく、そのまま、肉体だという感じがした。あんまりなまなましくて、おびえた。その肉体は生きていて、でも病んで傷ついていて、若くなくて、被ばくしていて、すでに死をその内側に抱えている体で、そういう体を、私もたしかに知っていると思った。愛がなければ、抱けません、と思った。
こんなにデフォルメされた肉体が、こんなに生々しいなんて困る。見るんじゃなかったと思った。涙までにじんできた。

で、美術館を出た。近くの方はぜひ。5月20日まで。
そのあと福島かな。一部の絵は、福島へは行かないらしい…。

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