星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

帰省 ① 温泉と焼肉

12日から宇和島に息子と帰省。今回はパパがいないので、フェリーとJRの旅。朝6時過ぎ始発のバスに乗り、市内へ。8時15分発のフェリーで松山へ。2時間40分かかる。海。最近はもっぱらしまなみ海道を通っていたけど、学生の頃から、もう100回以上は渡った海。おなかすいたので、カップヌードルを買って息子と半分こ。

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港からバスで伊予鉄の駅へ、乗り換えてJRの駅へ。お弁当買って列車のなかで半分こ。2時頃、宇和島着。雨、降ったりやんだり。


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乗り物の好きな子と旅をするのはいい。面倒なことも時間がかかることも、それなりに受け入れて、退屈な時間も、好奇心を持続させてやっていける。

駅の近くのホテルに荷物を置いて、父に電話して、バスに乗って、途中のバス停で父と合流して、津島の温泉に行く。息子は併設のプールで遊ぶ。
夜、兄の勤め先の焼肉屋で、父と叔父ふたりと兄と私と息子と、焼肉食べる。それぞれに一人暮らしの父と兄弟が(近くに住んでいるのに)年に一度の勢揃い。叔父ふたりよく食べるしよく飲むし。


じいちゃんが死んだときの話になる。私が5歳のときに亡くなったのだが、亡くなる直前まで、いつものように私を膝にのせていた。膝から降りなさいと母が叫んで、降りると、祖父はベッドに横になり「まわるまわる」と言った。婆ちゃんを呼んできてと言うので階段をあがろうとした私の頭上を母の声がとんで、布団を干していた祖母が振り返った。祖母が階段を降りてきたときには、祖父はもう息がなかった。(母も祖母も死んだから、あの場のことを知っているのはもう私だけだ)、それから母と、電話のある店屋まで歩いて、父の仕事先に連絡をした。近くの病院は日曜で休みなので医者の自宅まで行って、来てもらった。医者が鼻や口に綿をつめるのを見ていたのを覚えている。畳の上に、私の、ひらがな積み木がちらばっていた。
お葬式の日、霊柩車がやってきて、祖父を乗せる。じいちゃんはどこへ行くの、と聞いたら、遠いところへ行くんよ、と祖母が言った。土間に祖父の愛用の杖があって、じいちゃん、遠いところに行くのに杖がなくて大丈夫なんだろうか、と思ったことを覚えている。夕方一緒に散歩に行くとき、その杖を渡してあげるのが私の役目だったのだ。

溺愛された孫だったらしい。記憶にないが、祖父に絵本を読んでもらっていた。桃太郎の話の鬼の絵をこわがって、そのページは2枚一緒にめくっていたという。そういうこともあるかもしれないと思う。息子もこわい絵が苦手で、いまだに、挿絵がこわいと、その本を読めない。
すると叔父たちは私の息子に言うのであった。
「絵なんか、こわない。こわいのは人間よ。人間が一番こわい」「こわいのは自分やが。自分自身」「なんでこわいか言うたらな、自分が弱いからよ。弱いとこわいんや」「これからそういうことがわかっていくよ」と口々に。
この叔父たちも、はやもう72歳と69歳。信じられない。よく飲むほうの上の叔父が、息子に酒をすすめるのを、やめてくれと私は止める役回りである。とはいえ私自身は、小学生の頃から、この叔父と一緒にコップ酒飲んでいたのだったが。

それにしても、どうしてこんなに食べられるのかというほど、私も食べた。肉がおいしいので。レバーもホルモンも、お菓子みたいだもん。

雨あがり、車の窓越しに見た夕焼けが、きれいだった。

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