星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

こわれていたり、つかれていたり、なつかしかったり

ちょうど、町内会、女性会、老人会、民生、子ども会、などの中心メンバーの寄合があるというので、パパにたのんだら、いろいろ根回ししてくれたようだ。

子ども会をやめる、と言い出した人について、子ども会の副会長の男性が、「子ども会を抜けたら、定期券のことも自分でするし、登校班も別だ、運動会の席取りも、子ども会でするのだから、そこからも外れてもらう」と主張するのが、私はどうしても気に入らないのだったが、

「俺だってしんどい、抜けた人間の世話までしなければいけないような子ども会なら、俺がやめたい」と言ったそうである。

そこで、隣の町内会長、女性会、民生さんに話をしたうえで、町内会と民生さんからの要望として、親がどうあれ、登校班からは子どもを排除しない、登校班で集まる時間に子どもが来たら、班で一緒に行くというふうにしてもらいたい、親の登校当番については、現場のお母さんたちで決めてもらう、というあたりで、話をつけた、ということだった。

今日、本当に子ども会をやめるのかどうか、話をしに行くそうで、会長さんはしんどそうね。

思うに、なんでこんなにぎすぎすするかって、親たち、みんなおそろしく疲れているのだ。



彼女はこわれている。でも、そういうことってある。
いいとか悪いとかいったって、しょうがないじゃん。本人もどうしようもないからそうなんだから。

あのおばさんもこわれてたんだろうな、と思い出したのは、子どもの頃、二軒隣に住んでた一つ年上のりえちゃんの叔母さんで(りえちゃんは両親が亡くなっていて、お婆さんと叔母さんたちと暮らしていた)、私はりえちゃんとよく遊んでいたんだが、叔母さんに呼びつけられて、何を叱られてるのかさっぱりわからない叱られ方をしたことがあった。
「あんたは、うちの子より年下なのに、態度が生意気で気に入らない」
と言っていたんだろうなあとおもうんだけど、たぶん。あんたなんか、たいした成績でもないのに、とののしられたもんね。
子どもからすれば、十分おそろしい。
隣家のおばさんとのトラブルがすさまじかったのだということは、大きくなってから知ったことだが、りえちゃんと叔母さんのけんかもすさまじく、怒鳴り合う声が近所じゅうにひびいていた。

思えばあちこちに、こわれて、おっかないおばさん、というのはいた。地雷を避けるように避けて遊んでた気がする。
母が、子どもどうしの関係に、大人の事情を決して持ち込まなかったこと、彼女の家の悪口を決して言わなかったことは、ほんとうに感謝してる。

子ども時代の私にとって、りえちゃんは本当に大きな存在だったのだ。やがて彼女は不登校になり、引っ越しもして、高校中退後の行方もわからず、そのまま見失ってしまったんだけど、その寂しさのようなものを、私はずっと埋められずにいた。

りえちゃんも登校班で登校しなかった。私は登校班で登校しなくていいりえちゃんがうらやましかった。集団登校なんて、私自身は苦痛でしかなかったのに、なぜ自分の子に集団登校を強いているか、よその子まで登校班から外すなと言っているのか、いろいろ矛盾した気持ちなんだけど。

ほかの友だちといるときにりえちゃんが来たとき、りえちゃんといるときにほかの友だちが来たとき、その温度差、違う世界の境目に立たされたような、何か引き裂かれるような感じに、戸惑ったのを思い出す。

そんなふうな戸惑いは、大人になってからの人間関係でもしばしばあるのでしたが、そういうときの、泣きたいような気持ちは、なんだろうなあ。