星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

「一九四九年十一月二日」

一九四九年十一月二日     許南麒

── この日、川口の朝鮮初級学校は閉鎖され、
   子供たちはふたたび日本の学校にひきとられた
             元 朝鮮初級学校長の詩 5


さようなら
おれの仲間たち、
さようなら
あわれな朝鮮の小さな同志たち、
四年前の十二月
君たちが はじめて
この校庭にあつまったときと
同じ冬景色の中を、
君たち いま
小さな手をふりながら
吉田の いわゆる「立派な学校」、
殖田の いわゆる「健全な教育」の中へ
この「暴力団体」の盟員のふところから
ひきとられて行くのだ、
鼻たらしの一年生は、一年生の朝鮮語で、
六年生や五年生は
六年生や五年生の朝鮮語で、
センセイ オレタチ
ニホンノガッコウニ イッテモ
セイ一パイ ベンキョウシテ
リッパニ タタカイマスと
この先生を はげまし、
さようなら
おれの仲間たち、
さようなら
あわれな朝鮮の小さな同志たち、
君たちは ひきとられて
行くのだ、

さようなら
おれの仲間たち、
さようなら
四年間しか母国語を習う自由を
与えられなかった子供たち、
君たちを祖国へ結びつけ
君たちを ふたたび
母国語を奪う敵からまもってやると誓った
この先生は
何一つまもってやることもできず、
まだ十一月だというのに
早くもおとずれた冬ざれの中で
君たちのふっている手が
街角をまがり、
橋を渡り、
畑をつっきって
小さくなっていくのを
見送るばかりだ。

さようなら
おれの仲間たち、
さようなら
虜となって行く
小さな朝鮮の同志たち、
この先生は 君たちを
本の学校まで送ることもできず、
この閉ざされた学校の
この傷だらけの校門に立ったまま
君たちを
送るのだ、

さようなら、
さようなら、
おれの小さな同志たちよ、
元気で、
元気でたたかってくれ。


☆☆

許南麒(ホナムギ)の朝鮮学校の詩3編をのせてみました。

1945年8月15日、祖国解放を迎えた在日の人々は、子供たちに朝鮮の言葉と文字を学ばせることに取りかかった。日本各地で「国語講習所」が発足。民族教育が始まるが、1948年に、連合軍総司令部GHQ)と日本政府は、民族教育を力で弾圧する。1949年10月、朝連の強制解散直後に「朝鮮学校閉鎖令」が下される。朝鮮学校は強制的に閉鎖され、生徒たちは日本学校に強制編入された。

そのような弾圧も乗り越えながら、在日の人たちが、戦後この国でどのように民族教育を守りつづけてきたかを、ほとんどの日本人は知らないだろう。許南麒のこれらの詩も。

知らないことがこわい。無知と無関心の上に、誤った判断が積み重ねられてゆくことが。それはまた、差別と暴力のあらたな温床になるかもしれない。なるだろう。
子どもたちは民族教育を受ける権利がある。この国はそれを奪ってきた歴史がある。その歴史の誤りを繰り返すような、今回の問題だと思う。

朝鮮学校の無償化除外は、歴史の誤りを助長するという意味において、まず日本人の問題なんだし、何よりも日本人にとって、不幸なことなんだけれど。